第5話 たくさん泣いた後で

-優奈side-


「……寝ちゃった」


 膝の上ですぅすぅと寝息を立てる秀人くんを見て、呟く。


 とても不思議な感覚だった。

 昨日まで、挨拶程度しか言葉を交わしたことのないクラスメイト。

 

 そんな彼の、心の傷に触れたのがついさっき。

 

 無理に空元気を張る秀人くんの本音を暴いて、感情を決壊させて。

 わんわんと泣きじゃくる秀人くんを、私はずっと抱き締め続けた。


 誰かがそうしてあげないと、秀人くんは程なくして壊れてしまうと思ったから。


 秀人くんが自分の本音に嘘をついて、強がる癖がある事を私は知っていた。 


 だから、確信していた。

 昨日から今日にかけての彼の態度は、単なる強がりだって。


 案の定だった。


「たくさん、我慢してたんだね……」

 

 そっと、秀人の頭に手を添わせる。

 そのまま下へ。


 人差し指が、頬に残った涙に触れる。

 優しく拭うと、指先から秀人くんの体温を感じた。


 心なしか、冷たかった。

 それが彼の心の温度に思えて、私の胸までずきんと痛んだ。


「(なんとかしてあげないと……)」


 それは、決意にも似た強い意志。

 

 好きな人や愛する人に向けたものとは違う。

 寒さに震える捨て猫を拾って助けたいと思うような、庇護欲にも近い気持ち。


 自身の中から沸き起こる感情の奔流を捉えて、私は思わず苦笑いを受かべた。


「(……えっちゃんの、言ってた通りだったな)」


 “親友”に言われた言葉を思い起こす。

 

『ゆーちゃん、困ってる人や悲しんでる人を放っておけないでしょう? 共感力? が強いのかな? 自分事みたいに捉えちゃうんだよね』


 全くもってその通りだった。

 現に私は秀人くんを、放って置けないと思っている。

 助けてあげたいと思っている。


 でも、だからこそ。

 今の私のこの行動が、正しいのかどうか分からなくもあった。


「これでいいのかな、えっちゃん……」


 言葉にすると、もうこの世にいない親友の笑顔が頭に浮かんだ。


 ああ、いけない。

 私まで目頭が熱くなってきた。


「えっちゃん……」 


 小さく呟かれた声と共に。


 ぽたり、と一粒の雫がこぼれ落ちて秀人くんの頬を濡らした。



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