第18話 ユウシャノミクスと千本の矢

 密輸を続けていくうちに、エイイチはどんどん勇者としての振る舞いを求められるようになってきた。


「民はパンとサーカスを欲しておる。わかるじゃろう?」


 五回目の密輸で王様が言った。


「要はカネと娯楽じゃな。カネを使い経済を潤し、魔物と戦い娯楽を満たす。どちらもやってこその勇者なのじゃ」


「ユウシャノミクスってやつやな」


 七回目の密輸で魔王が言った。


「銭ゲバからカネを奪うて、民に還元する。富は循環してなんぼや。知らんけど」


 なので、エイイチは魔物との八百長を繰り返した。魔物に金持ちを襲わせ、奪った富を謝礼というかたちで受け取って、町で散財、放蕩の限りをつくすのだった。


 九回目の密輸の時点で、エイイチの名はベルナンケイア中に知れ渡り、彼は誰もが認める立派な勇者となっていた。


 東に矢が十本足りないと困っている猟師がいれば、千本買い与えた。西に財政難にあえぐオーケストラがあれば、資金援助を申し出た。それでもなお、カネは使い切れなかった。無駄金を投資に回すなどしてみても、配当なりなんなりで、次の密輸時にはむしろ余計金持ちになってしまうのだ。


 今になって思えば、最初の頃に渡された一万リーマンなり五万リーマンなどというのは冗談みたいな端金だった。王様の信用を勝ち得たエイイチが一度の密輸で回す運用額は百万、千万、一億リーマンと跳ね上がり、彼はもはや王立中央銀行の実質的な総裁となっていた。


「風魔法で空からお札をバラ撒いてもらっても構わんぞい」


 王様もまた麻薬からの収入を持て余しているようだった。ベルナンケイアの金持ちたちも、あるラインを超えるとカネがだぶつき、魔物による徴収をむしろ歓迎するものすら現れた。慈善事業に回すよりインパクトがあって話題性が高いとのことらしい。


 こうなってくるともはや、わけがわからない状態となっていた。バブルだった。バブルだったが、勇者-魔王-麻薬のシステムが崩れない限り、永久に弾けることはないだろうと思われた。


 それに王様もまたしたたかだった。彼は急遽インバウンドから転向するなどと言い出して、過剰なカネを異世界からの技術誘致につぎ込み始めた。それらは来たるべき魔王討伐のためという名目で、世界観云々については半端ない額で鬼を買収し丸め込んだらしかった。


 こうしてエイイチの世界で木枯らしが吹く頃には発電所や浄水場が建設され、電灯が眩しい往来を自動車が走り始めた。年が明ける頃には港湾近くのスラムも整備され、各種機械や建材、半導体などといった大規模製造工場が立ち並ぶこととなった。民はこれを歓迎し、王宮前の広場には巨大なエイイチの銅像までもが建設された。


 ここまでくると、世の中の大半はカネで解決できるということが、エイイチにもようやく理解できた。


 十二回目の密輸で王様が言った。


「次は十億リーマン使ってくれ」


 十三回目の密輸で魔王が言った。


「勇者と魔王のプロレスを永久に続けるんや」


 いまや、エイイチは有頂天であった。彼にはこの世界がバラ色に見えた。密輸の負い目などとうに薄れた。圧倒的な財力があれば、世界港の職員すら黙らせることができるのだ。成長を続けるベルナンケイアを歩くたびに彼の心は弾み、計り知れぬ万能感を覚えるのだった。


 でも、ずっと一回三十万っておかしくね?


 だからこそエイイチは、元の世界でマルパスに小銭3000リーマンで雇われていることに疑問を抱いた。


 これだけ稼いでいるのにも関わらず、彼は元の世界でウーパーの仕事を続けなければならなかった。生活するには細々としたカネがかかるし、貯金だって必要だ。たかだか数百万貯めたところで、マルパスのマンションの家賃は月二百万はゆうにする。そうでなくても、引っ越しなんてとてもできない。


 なぜなのか?


 と考えたエイイチが、中抜きされている、そんな結論に至るのに時間はかからなかった。ベルナンケイアではビルが建つのに、ビッチの喘ぎ声で眠れないなんて間違ってる。そんな鬱屈した思いが急速に高まっていった。


 十四回目の密輸、いつもの『ドラゴンイーター』で、あのダークエルフの女が言った。


「つかなんでエイイチはそんなカネ持ってんの?」


「全然持ってない」


 と、エイイチは答えた。事実だった。彼は小さく舌打ちすると、忌々しげに言葉を続けた。


「家では豆苗育ててる。ティーバッグは五回は使う。ってか基本水しか飲まない」


 なぜならマルパスに利益のほとんどを奪われているからだ。魔王よりあいつのほうがよっぽど悪なんじゃないか?


 そう思って、エイイチはひとり硬く拳を握りしめる。


 けれど、


「えー? 見えねーし」


 エルフがそんなエイイチの拳をほどいて恋人繋ぎに握ってくる。そんなふたりを取り巻きたちが囃し立てる。しかし構わず彼女は身を乗り出して、いい匂いのする頭をエイイチに擦り付け耳元で囁いた。


「あーし、エイイチにはもっと、もーっと稼いでほしいなぁ。エイイチなら余裕っしょ?」


「そう?」


「そうだよ」


「やるか?」


「やっちゃえ!」


 普段以上に盛り上がる『ドラゴンイーター』の中心でエイイチは叫んだ。


「やるぞ! だって俺は世界を救う勇者だからな!!」

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