第3章 運び屋(勇者)
第17話 マッチ・ポンプ・ウィズ・ザ・ディアー
四回目ともなると、さすがにこれまで通りとはいかないようだった。
最初と比べると世界港を利用するのもずいぶん様になったエイイチであったが、ベルナンケイアに到着するやいなや王様が言った。
「そろそろ鬼どもに怪しまれそうじゃのう」
「なら、どうすればいいんですか?」
「なーに、勇者らしい行動をして、実績を作ればいいのじゃ」
「勇者らしい行動?」
「それくらいわかるじゃろう?」
「……いえ?」
「いや普通にアイテム集めたり、カジノで豪遊とか、色々あるじゃろうて?」
「あー、なるほど」
というわけで、エイイチは勇者らしくこの世界を冒険することにした。要は審査官に怪しまれないよう、ベルナンケイアでのステイ期間を数時間でなく、数週間にすればいいのである。
長く滞在するのはウメコのことが心配であったが、ベルナンケイアはエイイチがいる世界よりはるかに時の流れが早かった。仮にベルナンケイアで一ヶ月過ごしても、元の世界では一日ほどしか経過しないのだ。それはこれまでの経験からもあきらかで、エイイチは初日や二日目こそ緊張したものの、そこを乗り越えれば、むしろ現実世界以上に伸び伸びと過ごせた。
なにせこの世界では、元の世界のように時間やノルマに追われることがないのだった。さらに、今回の軍資金は三十万リーマンときていた。
これを使い切るため、エイイチは躊躇なく無駄遣いをすることにした。具体的には最高級の装備を揃え、タクシー代わりに馬車や客船を乗り回し、世界各地のハイグレードホテルを渡り歩いた。王都に戻るたび、『ドラゴンイーター』へ繰り出すのも忘れなかった。
さらにエイイチは、より勇者らしい実績を作るため、積極的に人助けも行うことにした。
病に苦しむ子供のため薬草を摘んできたり、町から町に手紙を届けたりして、審査官にツッコまれても問題ないよう、この世界の住人に顔を売り、評判を上げるよう努めた。そうして滞在予定期間も終盤にさしかかろうかというある日、王都郊外の街道で、彼は一台の馬車が襲撃されている場面に出くわした。
シカの姿をした獣人が一匹、馬車の荷台から金銀財宝を盗み出そうとしていた。追い立てられ逃げ出した行商人が、道端で腰を抜かしへたり込んでいた。
当然、それを見たエイイチは叫んだ。
「やめろ!」
彼はすぐさま剣を抜き、シカ獣人に斬りかかった。しかし、あっさりとかわされた。ウーパー生活で肉体的には鍛えてられてはいたが、彼は剣の訓練など受けておらず、マルパスからチート能力をもらっているわけでもなかったからだ。彼は勢いあまってたたらを踏むと、シカ獣人から反撃を受けてしまう。
「魔王様に楯突く人間は死ぬシカ!」
魔王の配下らしい語尾でシカが叫び、強烈な頭突きを食らわせてくる。エイイチはあっけなく剣を弾き飛ばされると、背後の木に叩きつけられた。
「ぐうっ!」
思わずうめき声を上げたのもつかの間、獣人は頭に生えた二本の角をグイグイと押し付けてくる。
「ディアディア? 勇者の実力もこの程度シカ?」
「くっ、なんのこれしきっ!!」
木が大きく揺れ、枯れ葉がひらひらと舞い落ちてくる。クロモリ鋼の鎧に枝分かれした角がメリメリと食い込んでいく。エイイチは歯を食いしばり、二本の角の根本を両手でつかむと、力任せに押し返そうとした。
が、
シカの力は圧倒的だった。彼は二足歩行こそしているが、元の動物の特性を受け継ぎ、見るからに強靭な足腰をしていた。そこから繰り出されるパワーは強力すぎて、押し返すどころか、幹に押し付けられたエイイチの背中はピクリとも動かなかった。
「あ、がっ、……くうぅっっ!!」
「なんだシカ? その力でイキがるシカ? このまま押しつぶしてやろうシカ?」
はぁはぁと激しく息を切らすエイイチに、シカ獣人が不敵に笑い、ことさら馬力を上げてくる。重く鋭く、下から上へとねじり込むように角を食い込ませてくる。
「くうぅっっ……!!」
エイイチの力はシカにまるで敵わず、両腕はもはや限界だった。ビリビリとしたしびれと痛みが上半身を駆け巡り、胸が潰れ、呼吸が止まりそうになる。背中側で圧縮された樹皮が千切れる音がする。最高級の鎧越しでも背骨はきしみ、額から噴き出した汗が顎を伝ってこぼれ落ちていく。彼の口は苦痛に歪み、もう限界という様相であった。
「勇者様、頑張って!」
と、行商人が言った。彼は路上に散らばった金銀財宝を馬車の荷台にいそいそと戻しながら、不安げな表情で付け加えた。
「あなただけが頼りなんです!!」
その声を受けて、エイイチは今一度気合を入れた。こんなところでやられるわけにはいかない、と彼は息を深く吸い込んで、限界まで力を振り絞った。つかんだ角を死にものぐるいに押し返そうとした。
その瞬間、角を押し込んだままの姿勢で、獣人がエイイチを上目遣いに見た。
獣特有の獰猛な三白眼がギラギラと輝いていた。エイイチも角と角の隙間からそれを見て、ここにきてふたりの視線が正面からかち合った。シカはその凶悪な瞳を二回まばたきして、エイイチは、今だ、と思った。
そこで突然、エイイチは虚脱するかのように全身の力をふっと緩めた。直後、シカの角が二本同時にボキリと折れた。
「ディアッ!?」
一度ついた勢いはすぐには殺せない。角を失ったシカ獣人は行き場を失い、力任せにエイイチへ突っ込むかたちとなるが、そこをエイイチは素早く避けた。刹那、獣人が猛スピードで木に激突し、ドシンッ、と重量感のある音が響き渡った。
そのまま、シカが頭を幹にこすりつけるようにしてへたり込む。
エイイチがすかさず角を投げ捨て、落とした剣を拾って身構える。察知したシカ獣人がなんとか体勢を整え四つん這いとなるも、ぐるぐると回る獣の眼球はまるで焦点があっていない。
「ディ、ディ、ディアー……」
獣人はまたも派手に転倒し、うつ伏せとなったまま沈黙した。エイイチはしばらく状況を見定めていたが、数秒後、剣を鞘に戻し一息ついた。
「さすが勇者様!!」
歓声とともに、行商人が駆け寄ってきた。いまだたくさんの木の葉が舞い落ちるなか、彼はエイイチに問いかける。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「はぁ、それは、はぁ、こっちの、セリフです」
木の幹に手をつき息を荒げながら、エイイチは答えた。
「はぁはぁ、あなたこそ、はぁ、泥だらけじゃ、ないですか」
「私なんて大したことありませんよ。勇者様こそ傷だらけだ。ぜひ私の病院で療養を!」
「はぁ、こんなの、ただの、かすり傷です。はぁ、それには、及びません」
「そんなこと仰らずに!」
「お、気遣いには、感謝します。ですが、早く、魔王討伐へ、向かわねば、なりませんので」
「あぁ、なんという心がけだ。素晴らしい。あなたこそまさしく勇者様だ!」
行商人は大きく鼻を膨らませ、感極まった表情を浮かべた。
「でしたら……」
そう言って行商人は荷台に戻った。彼はそこから金の延べ棒を一本取り出すと、その汚れを服の裾で拭い、うやうやしくエイイチに差し出した。
「ぜひ、ぜひこれだけでもお納めください」
「いえ、そんな、受け取れませんよ」
「何を仰る!? 助けて頂いたせめてものお礼です。なにとぞ、なにとぞぉっ!!」
「……そこまで仰られるのなら」
エイイチはしぶしぶといった声色で、されど丁重に金の延べ棒を受け取った。受け取りながら彼は、こんなにうまくいくとは、と思った。行商人が重ね重ね感謝を述べながら地平線に消えると、エイイチはおもむろに振り返った。
そこには、あのシカの獣人が何食わぬ表情で立っていた。
シカの太い後脚はまっすぐ伸びて、前脚で腕を組んでいた。回っていたはずの三白眼もすっかり座り、先のダメージからすっかり回復しているようだった。いやむしろ、ダメージなんてハナからなかったのかもしれなかった。
それもそのはず、エイイチとシカはグルなのであった。なのでエイイチは、金の延べ棒を獣人に差し出しこう言った。
「オルディアさん。これはあなたがもらって下さい」
「だめシカ!」
オルディアと呼ばれた獣人が答えた。
「それは勇者のものシカ! 俺は魔王様から給料もらってるシカ」
「いやいや、そんなこと言わずに」
「マジで無理シカ! これは民に還元するのが勇者の使命シカ」
「……はぁ」
手をクロスしてまで断固拒絶するオルディアにエイイチは延べ棒を引っ込めた。悪徳商人しか襲わない、それが魔物の流儀なのだという。
「って言ってもなぁ……」
エイイチはずっしりとした純金の重みに肩を落とした。こうやってカネが増えたとて、増えれば増えた分だけ、また無駄に使わなければならないというのに……
「またお願いシカ」
そんなエイイチの悩みなど知る由もなく、オルディアは森の奥へと消えていく。エイイチは彼の貧乏性ゆえ捨てることもできぬ延べ棒を疎ましく思いながら、王都へ戻ることにした。
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