第19話 プライス・ネゴシエーション・ウィズ・ザ・ゴッデス
「百万円でお願いします」
十五回目の密輸に向かう直前で、エイイチは言った。
「無理だ」
とマルパスが答えると、エイイチはすかさず返答する。
「なら八十万で」
「少年お前、言うようになったな……」
マルパスは軽い感じでそう言いながらも、目が笑ってはいなかった。彼女がおもむろにパジャマを着たドラギちゃんの頭をなでると、ドラギちゃんは大きなあくびをして、エイイチが乗った魔法陣が鈍く輝き始める。
けれども、即座に転送されないことに可能性を感じた彼は語気を強めた。
「だって、向こうの世界じゃ俺は伝説の勇者なんですよ。銅像だって立ってるんです」
「で?」
「入世界審査だって俺を疑わない。次こそ頑張って魔王倒せよって励まされるくらいなんです」
「だからなんだ? 買収してるのだから当たり前だろう」
「いや、三十万じゃ安すぎるって言いたいんです。鬼を買収するカネを俺に回してくれたっていいじゃないですか?」
「そんな余裕はない」
「なら俺が、このままベルナンケイアに移り住んでもいい、って言ったらどうします?」
「なんだ? 向こうでいい女でも見つけたか?」
「……いえ」
「ふん。とにかくダメなものはダメだ。さっさと行け」
マルパスがそう言うと、いよいよエイイチの体が半透明になり始める。ヤバい、と思った彼は勇気を振り絞り声を張り上げた。
「ならこうします。このマンションにドラゴンがいるって警察に通報します」
とたんに、エイイチの体が色を取り戻した。
「お前」
マルパスのピンク髪が逆立ち、その頭上で光輪がビカビカと発光し始める。ニャウギャウ! ドラギちゃんも背を丸め戦闘モードへと移行する。マルパスは眉をしかめ片手を振り上げると、エイイチへと突き出し言葉を続ける。
「警察だと? ぬけぬけと。私を誰だと思っているんだ?」
「うっ……」
エイイチは全身をぎゅっとこわばらせた。
マルパスとドラギちゃんの眼差しは殺意に満ち満ちており、エイイチは周囲の壁が狭まってくるような圧迫感を覚えた。天井もずっと低く見えて、マルパスの魔法でシャンデリアが落下してきたのではないかと感じたほどだった。
だけど実際には、そんなことは起こらなかった。彼がおそるおそる目を上げると、天井は高く、シャンデリアはこれまでどおり輝いていた。
一撃で殺されなかったということはやはり引け目があるのだ、とエイイチは思った。そこに交渉の余地がある。彼は緊張をぐっとこらえ、再び口を開いた。
「八十万です」
「いや六十だ。裏切らずやってきたことは認めてやる。が、カネは別だ」
「なら七十」
「ダメだダメだ。額は変えられない。……だが」
「だが?」
「だが、仕事は他にもある。そこまで言うなら少年、こっちでも仕事をしてみる気はないか?」
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