第4話 わかるじゃろう?

 エイイチは目をつむると、粘つくカプセルを口の中に放り込んだ。続いて蛇のように首を後ろに傾け、涙をこぼしながら一息に飲み下した。


 魔王のヨダレのおかげか、カプセル自体は思ったよりするりと飲み込めたが、ヨダレが妙に甘ったるく気持ち悪かった。しかも一体なんの成分が入っているのか、ミント的な清涼感が後を引き、喉がスースーした。


「うっ、……水、水ぅー」


 彼はカプセルを胃の中に押し込むためというより、その後味を洗い流すため、コップの水に手を伸ばす。


 ごくごくと一杯全部飲み干すと、少しばかり喉のヒンヤリ感が和らいだ。それでもなお違和感が残るなか、魔王が言った。


「がっはっは。やればできるやんか」


 王様も言う。


「ほっほっほ、残りも頼むぞい」


 残りもって、とエイイチは思った。再び皿を見下ろすと、つやつやとした赤いカプセルがまだ九個も残っていた。正直一カプセルで死にたくなったが、もちろん死ぬわけにも途中でやめるわけにもいかなかった。


 こうなったらもうやるしか……


 エイイチはやけくそ気味にコップにケトルの水を注いだ。そして新たなカプセルを一つつまんでピンクのヨダレに絡め、えいや、っと口の中に放り込んだ。例のクールミント風味が舌を刺すその前に、コップの水を一気飲みする。


「……っ、ぷぱーっ!!」


 腹の中で重量感のある物体同士がコツンとぶつかるのをはっきり感じ、身の毛がよだつ。だけど変に間隔をあけると甘ったるさが復活しそうで、彼は続けざま三個目へと手をのばす。ヨダレにカプセルを絡めつつ、もう片方の手でコップに水を注ぐ。あとは手早く喉の奥にカプセルをねじ込み、大量の水で流し込んでやる。


 エイイチはもう目は閉じなかった。


 彼は次のカプセルを見据えながら、これは勢いが大事なんだ、と思った。テンポだ。テンポよくやった方が、早く終わる。


 そうして四個目、五個目とカプセルを処理していく。


 いける。いけるぞ。


 カプセル一個につき水一杯というこの作戦はうまくいくように思われた。だが残り三個というところで、限界が来た。さすがに水の飲み過ぎで、エイイチの腹はタプタプのパンパンになって、横隔膜を押し上げ胸を締め付けるのであった。


「はぁっ、……はぁっ、う、うぷっ……」


 七個で勘弁してもらえませんか、という目でエイイチは王様の方を見た。しかし王様は許してくれるどころか逆に、ちょっと時間かかりすぎじゃない? という視線を返し、エイイチは諦めた。


「う、ぐっ、うぐぅっっ……!!」


 彼は嗚咽にもだえながら、残ったカプセルを腹の中へと収めていった。トータル十五分ほどかけてすべてを飲み下すと、もはや鼻で細く息することしかできなくなった。ちょっとでも変な刺激が入ると、噴水みたいに吐き出しそうだったのだ。


「やっと終わったか。若いくせにだらしがないのぉ……」


 王様がそう言うと、魔王も付け加える。


「んなら、とっとと帰ってくれや。ワシらこれからゴルフあんねん」


 彼はそう言うと、エイイチの腕をつかみ椅子からぐいと引き上げた。うっぷ、とエイイチが舌で喉に蓋をすると、魔王は彼の手をずるずる引いて、エイイチを王の間へと連れていく。ダンスのエスコートよろしく腰に手を回され、ジャージ越しにその鋭い爪をチクチクと感じながら、エイイチは垂れ幕裏の扉を抜けた。


 王の間には、ここにやってきたとき出現した魔法陣がまだ残っていた。だがその紋章の青い光は時間経過ゆえ半ば消えかかっており、魔王が急かす。


「ほらほらあんちゃん、はよせいはよせい」


 そうして無理くり魔法陣のど真ん中へと押し出されたエイイチは、まな板の鯉の気分であった。帰るまでにカプセルが破れないだろうかという不安や、どうやって取り出すんだろうという懸念、でもこれで終わるんだよなという気持ちやらがないまぜになって、彼は地に足がつかぬ心地であった。なにより今にも吐きそうだった。


 中央に立たさせられると魔法陣が発光し、体が薄まり本当に地から足が離れたところで、エイイチは言った。


「あの、マジで大丈夫なんですか?」


「大丈夫、マジで大丈夫じゃから」


 と、王様が笑う。


「せやせや、カプセルは探知機感知せんからな。知らんけど」


 と、魔王もまた笑う。


「知らんけどって」


「そもそも、腹の中に隠しとるなんて思わんじゃろ」


「でも、鬼に何か聞かれたら?」 


「それは君、わかるじゃろう?」


「わかるじゃろうって――」


 その瞬間、エイイチは転移した。

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