第38話 デスマッチ・オブ・ザ・ゴッデシーズ

 勝てるかもしれない、とクリスタリナは思った。


 空中戦ゆえ絶えず羽ばたく必要があり、度重なる魔力消費も相まって彼女の息は上がっていたが、マルパスもまた疲弊しているように思われた。クリスタリナと向かい合うマルパスは充血した瞳をぎょろつかせ、ドラゴンの上で髪を振り乱していた。そのピンク色の髪は乱れ広がり、光輪も少し精彩を欠いているように見えた。


「こざかしいっ!!」


 視線があった瞬間、マルパスから新たな火球が繰り出されるが、その勢いが明らかに弱まっていて、クリスタリナは確信する。


 やはり、マルパスは消耗している。 


 あそこまで魔王城を破壊するには、かなりのエネルギーが必要だったはずだ。奴は余裕ぶって見せたようだが、実際は相当な魔力を消費したに違いない。


 今だってそうだ。


 奴の攻撃はとにかく派手で大掛かりだ。私に実力差を示すため、この世界の住人に自らの威光を見せつけるために、あえてインパクトを高めようとしているのだろう。


 ならばそこに勝機があると、クリスタリナは強く羽ばたき上昇し、巨大な火球をすり抜ける。


 一方、攻撃を回避されたマルパスは忌々しげな表情で次の攻撃の溜めに入っている。


 そんな彼女を上空から見下ろしながら、戦術面では現役の私のほうが上だとクリスタリナは思う。事実、こうやって月の陰という優位なポジションを奪えているからだ。


 過去マルパスは戦闘でも名を馳せたらしいが、長らく現場から離れているのは大きいだろう。いくら魔力に差があるとはいえ、なんでもありの実戦なら、私にもまだ勝ち目がある。勝ち負けだけが正義の泥仕合に、消耗戦に持ち込んでやる。


 そんなふうに勢いづいたクリスタリナは、マルパス直上から追撃の風魔法を叩き込んだ。もちろん下に民間人のいないことを確認し、しかし着実に仕留めてやるという意思をこめて。


 彼女の銀髪が大きく吹き上がる。


 凄まじい衝撃波に地上の瓦礫が吹き飛ばされ、森の木々がドミノのように倒れていく。ドラゴンが悲鳴じみた金切り声をあげ、上に乗せたマルパスごとその軌道を大きく乱す。


 だが、マルパスが墜落することはない。


 ドラゴンはするすると暴風をやり過ごし、空中でうまく均衡を保ちきった。再び優雅にホバリングし始める竜の上、一息ついたマルパスはクリスタリナを見上げ不気味に笑うと、ジャケットの胸ポケットに手を入れ言った。


「君、結構やるじゃないか」


「なんだと?」


「でもな。私にはこれがあるんだ」


 そう言って、マルパスがポケットから取り出したのは赤いカプセルであった。


「待てぇっ!!」


 と、クリスタリナが叫ぶも、マルパスはそれを口に放り込み噛み砕いた。彼女の光輪が即座に鮮やかさを取り戻し、ピンクの髪をつややかに輝き始める。


「くそっ……」


 この十分予想しえた展開に、クリスタリナは先の自分の読みの甘さを悔いた。なんでもありという点で、犯罪者であるこの女の右に出る者などいないのだった。


 仕方ない次だと、クリスタリナがより上空へと舞い上がろうとしたとたん、彼女の体はぴたりと停止した。


 金縛りか?


 そう思ったときには遅すぎる。


 クリスタリナの直下に特大の火球が迫っていた。

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