第34話 ザ・ゴッデス・テリング・ライズ
「えっ? そんなまだ心の準備がっ」
そう言うエイイチに、クリスタリナは斬りかかった。彼が慌てて剣を掲げると、金属同士がぶつかり火花が上がる。さっそく彼がよろめきつんのめったところに、彼女は第二撃を叩き込む。
「もうちょっとー、腰を落としてぇー」
「ちょ、ちょっと待って! 稽古って、こんなガチなもんなんですか? 正直真剣じゃなくてよくなくないっすか?」
「剣の重心をー、意識ですぅー」
「いや話聞いてます?」
「殺す気で来てもー、いーんですよぉー」
「そ、そんなこと言われても困りますって」
「それではー、魔王に勝てませんよぉー」
「それはそう。だからっ、いろいろ考えてるっていうか……」
知るか黙れと思いながら、彼女は頼りないエイイチの攻撃をいなし突き返す。
「さっきの戦いはぁー、まぐれだったんですかぁー?」
「そ、そこまで言うならっ」
クリスタリナが手招きして挑発すると、エイイチはなりふり構わず上段から剣を振り下ろしてくる。が、その軌道はド直球で隙だらけだ。
「あんまりー、振り回さないほーがいーですよぉー」
「こうですか?」
「そーじゃなくてぇー、こーですぅー」
「こう?」
「うーん。もっと槍みたいにー」
斬撃より刺突を優先したほうがいいとクリスタリナが言っても、本能的にそうしてしまうのだろう。エイイチは剣の重みにもてあそばれるかのように、ふらふらよろよろスイングするばかりである。
クリスタリナはそのすべてを避けながら、弱い、あまりにも弱すぎると思った。エイイチは予想をはるかに超える素人であった。
だがそれゆえに、こいつは確実に魔王と繋がっている、と彼女は確信を深めるのだった。今の軟弱さが比較にならないほど先の魔物との戦闘はこなれていたし、その耳元になにやら吹き込んでいたのを彼女はしっかり確認していた。
きっと私を始末する算段を組んでいたが、喧嘩別れしたというところだろう。
そのように考え、クリスタリナは剣を振るう手をなおさら強める。こうなったらこいつをとことんまで揺さぶり、屈服させてやる。剣の稽古などというのはあくまで方便だ。痛めつけ、脅す、知っていることをすべて吐かせてやる。
お前なんていつでも殺せるんだからな、と彼女がラッシュを浴びせかけると、エイイチの頬に傷が入った。
「うわっ!」
今一度剣が交わると、エイイチは目に涙を浮かべていた。そのみっともなさが余計に不愉快で、クリスタリナは強引に競り勝ち剣を弾き飛ばすと、勢いに任せ彼を地面へと押し倒した。
「なっ、えっ!?」
彼女は馬乗りの体勢から前かがみになって、エイイチの両手首をがっしり掴んだ。と同時に、ふぁさっ、と白銀の髪が仰向けの彼の両サイドに垂れ下がり、ふたり向かい合うかたちとなった。
「え、あっ、あの、なんですかっ?」
エイイチの声は震えていた。その顔がさぁっと赤くなって、彼が唾を飲み下すのがクリスタリナにはよくわかった。
間髪入れず、彼女は切り出した。
「なんでぇー、エーイチさんはー、勇者になろう、って思ったんですかぁー?」
「うっ……」
エイイチは顔をそらそうとした。しかし両サイドをクリスタリナの髪に防がれ、やり場なく目を泳がせただけだった。
クリスタリナはそんな彼の目をじっと見据え、もう一度言った。
「なんでですかぁー?」
「あ、あの……」
エイイチは口ごもった。その顔はいまや茹でダコのように赤くなっていた。彼の頬の傷からにじみ続ける血の色もまた、目が冴えるほどに赤かった。
ややあって、エイイチはぼそぼそと答えた。
「それは、女神に言われて……あの、その、女神がおカネをくれるからって」
「おカネぇー?」
「いや、その……妹を、助けようと思って……」
調べたとおりだ、とクリスタリナは思った。この男には病気の妹がいる。だが彼女が聞きたいのはそんなことではない。この男は口座にしこたまカネを溜め込んでいる。一般的な治療費を超過する相当な金額だ。
「ほかにもぉ――」
何か別の目的があるんだろ、とクリスタリナが言いかけたところで、
「あ、あの……」
今度はエイイチが口を開いた。
「あの、クリスタリナさんはなんで勇者になろうと思ったんですか?」
「へ?」
クリスタリナはドキリとした。まさか自分が同じ質問をされるとは思ってもいなかったからだ。
「え? それは……」
エイイチに目をそらさせまいと強く睨みつけていた手前、彼女もエイイチから目をそむけるわけにはいかなくなった。
思わぬしっぺ返しを食らったクリスタリナの頭は真っ白になって、一秒、二秒と、バツの悪い時間が流れていく。そんな彼女を不審に思ったのか、エイイチの目がじぃっと細められ、いよいよ追い詰められてしまう。
まずい。このままでは……
そして彼女は何か言わなくてはと思うあまり、浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「……私にも妹がいたからだ」
それは、まったくの嘘であった。
「だが、魔王に殺された。だから私は仇を討つため武道会に参加した」
自分で自分の言葉に驚いたのもつかの間、さらなる嘘が喉から溢れ出て、クリスタリナは愕然とした。
重苦しい静寂が場を満たした。
運び屋相手にこんな見え透いた嘘吐いて大丈夫か、とクリスタリナは怖くなった。語尾を伸ばすのも忘れ、キャラすら作りきれていなかった。奴の嘘を見破らないといけないのに、自分の嘘が見破られてどうするんだ、と胸が押しつぶされそうになった。
気づくと、クリスタリナはエイイチの両手首を捻り潰さんほどに握りしめていた。
エイイチが痛みに顔を歪めたのを見て、彼女が急いでそれを弱めると、彼はゆっくりとつぶやいた。
「わかりました、クリスタリナさん」
続く彼の発言は、クリスタリナにとって予期せぬものであった。
「そろそろ魔王を倒しに行きましょう」
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