第32話 最強の剣は必要ありません

 クリスタリナにとっては鍛冶師などどうでもよかったが、それでエイイチが納得するならと、西の山、彼が封印されているという洞窟に同行することにした。


 洞窟は複雑な構造をしており、侵入者を阻む様々なトラップがてんこ盛りであった。だが難なく突破して、クリスタリナ一行は目的の壺を見つけることができた。


 こんなクエストさっさと終わらせよう、と彼女が詠唱もなく壺に風魔法をブチこむと、エイイチが悲鳴を上げた。


「うわぁぁぁっっ!!」


「え、なに、なんですかぁー?」


 突然のことに驚いたクリスタリナが肩越しに振り返ると、彼は腰を抜かし尻餅をついていた。彼の持つ松明の灯りがふるふると揺れていて、目も泳ぎ、間抜けな顔だなと彼女は思った。


「ぁ、あの、あー……」


 彼は壺を指差し、口をパクパク鯉のように動かして、彼女に何かを訴えたいようだった。しかし魔法の残響がいまだ洞窟内にこだまして、クリスタリナにはよく聞き取れなかった。


 おそらく壺からの跳ね返りが大きく、ショックを与えてしまったのだろう。


 そのように解釈したクリスタリナは壺を向き直る。


 三メートルはあろうかという巨大な壺である。陶器なのか金属なのか、暗くて素材がはっきりしないその壺は、村長の話通り異様に硬く、クリスタリナの魔力を持ってしてもほとんど破壊することができなかった。壺のちょうど真ん中付近、風圧が一番強くかかったであろう部分にこそ、数センチほどの穴が開いてはいるがそのくらいで、ダメージの大部分は壺全体に分散され、表面に薄くヒビを這わせただけだった。


 さすがに封印の壺を名乗るだけあるな。


 もっと気合を入れないと完全な破壊は難しいだろうと、クリスタリナはもう二発、三発と、いっそう力を込めて風魔法を放った。一発ごとにエイイチがなにやら喚いていたが、壺は本当に堅牢で、反響する風音にその声はまったく聞こえなかった。


 五発目をブチ込んだところで、穴は人が辛うじて通れるほどの大きさになった。その数瞬後、中から「ありがとう、助かった」という男の声が聞こえてきた。


「本当に助かったぜ」


 ややあって、壺の厚みをくぐり抜け、穴からずるずると一人の男が這い出てきた。


 それは身につけたエプロンがはちきれんばかりの筋肉質な大男であった。いくつもの傷跡が目立つ図太い両腕にはタトゥーが施され、禿げ上がった頭に白髪混じりの髭をたくわえた、見るからにまんずすごぇ鍛冶師という風貌の男であった。


 男は言った。


「今は何年だ? 俺はどのくらい封印されていた?」


 クリスタリナが現在の日時を教えると、男は「もう二十年か……」とつぶやいた。続けて彼は訛りのない標準語で壺に封印された顛末を語ったが、クリスタリナには興味がなかった。それよりこの男に剣や鎧を作らせれば、さすがに魔王城に攻め入る口実ができるだろうと、彼女は再びエイイチを見た。


 エイイチが持つ松明の炎は変わらず頼りなく揺れていた。


 彼は喜ぶわけでもなく、四つん這いになって砕けた壺の破片をもくもくと拾い集めていた。


「なーにしてるんですかぁー?」


 クリスタリナが尋ねると、エイイチは答えた。


「壺が壊れた。これじゃ魔王を封印できない」


「封印なんてしなくてもー、鍛冶師さんにぃー、最強の剣を作ってもらえばいーじゃないですかぁー? そーすれば魔王を殺せますよぉー」


「それじゃダメなんだ」


「なにが……」


 ダメなんですかぁー、と言いかけて彼女は、はたと気づいた。


 もしかして彼にとって、私は邪魔なのではなかろうか?


 封印などと生ぬるいことを言わず、彼は一刻も早く魔王を始末したいはずだ。なのにこうやってひたすら遠まわりを続けている。それは決して用心深いからではなく、私を無力化するチャンスをうかがっているからではなかろうか?


 そう考えれば合点がいく、とクリスタリナは思い至る。


 この洞窟だって、私をさりげなく罠にはめて殺すつもりだったのではなかろうか? いや、壺の中に封印するのが目的だったのか?


 どちらにしろ……


 クリスタリナは息を呑んだ。


 正体がバレている、そう思った。彼が着実に始末したいのは魔王ではなく、私なのだ。


 実際のところ、エイイチはそんなことなど考えておらず、本気で魔王と戦いたくないだけであったが、クリスタリナには知る由もなかった。エイイチはもはやクリスタリナが栗栖かもしれないとすら思っていなかったが、日々狡猾な犯罪者と相対している彼女にとって、彼がそこまでの馬鹿だと考えることができなかった。すべてが自分を陥れるための演技に見えてならなかった。


 だが、そんな彼女の勘違いなどつゆ知らず、今もエイイチは粉々になった壺の破片を集め続けている。クリスタリナにはその丸まった背中がやけにわざとらしく、腹立たしくて思えて仕方ない。


 こうなったら先手必勝だ。


 エイイチを拷問し魔王のことを吐かせよう、と彼女は思った。それはマルパスがよくやっていた手口だとも頭をよぎったが、今さら他に手段もない。タイムリミットは地球での二十四時間を切っているのだ。


 クリスタリナは息を殺し、エイイチに近づいた。


 彼の背中はどうしようもなく隙だらけだった。運び屋としては優秀でも、戦闘面ではやはり素人。そして弱いがゆえ、直接私を始末できない。だから封印などと回りくどい手段に出る。間違いない。


 クリスタリナは手を伸ばす。


 とにかくこのまま首を締め上げ、すべてを吐かせる。そう思ったときである。


「ちょっといいか?」


 突如、鍛冶師が口を開き、クリスタリナはビクリと固まった。


「壺はもうダメだろうが、王都には凄腕の女封印師がいるらしいぜ」


「マジっすか」


 エイイチが顔を上げ、クリスタリナは手を引っ込めた。


「ぜひ詳しく教えて下さい」


「昔、王都の外れに、凶悪なモンスターを長年封印し続けてる女がいると聞いたことがある。そいつなら、魔王だって封印できるかもしれねーな。っても、二十年以上前の話だし、今も現役なのかはわからんが……」


「そういう情報を待ってたんです!」


 松明に照らされるエイイチの顔がぱっと明るくなって、クリスタリナは聞こえない程度に舌打ちする。


 またしても無意味に旅が引き延ばされてしまった、と苛立つ彼女にエイイチは言った。


「クリスタリナさん、さっそく王都に戻りましょう!」

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