第29話 わかっておるよ

 魔王を殺す――マルパスの前でこそ「はい」とは言ったが、そんな決意などできるわけもなく、かといって他にウメコを救う手立てを思いつくこともできずに、エイイチは三十六回の異世界転移を果たしていた。


「平和的に解決する方法なんてない。わかるじゃろう?」


 魔法陣の上でうなだれるエイイチに、ダメ押しのように王様が言った。彼はいつものように玉座に腰掛けていたが、王の間に家来たちは誰もおらず、王様とエイイチのふたりきりだった。


 エイイチが何も答えられないでいると、王様が言い訳のように付け加える。


「最近王子の素行が悪くてのぅ。民の不満が高まっておる。じゃからこそ支持率アップに動きたいのじゃ」


「……でも」


 エイイチがおずおずと顔を上げた。


「でも、魔王とは友達じゃないんですか?」


「そうじゃよ。だがそれとこれとは話が別じゃ。仕方ないのじゃ。わかるじゃろう?」


「なんで!?」


「それは魔王のやり方が古臭イカらイカ」


「えっ?」


 突如、玉座の後ろから聞き覚えのある声がして、エイイチはぎょっとした。その声の主は王座を回り込み、ズルンッ、とエイイチの目の前に滑り込んでくる。


「のわっ!」


 エイイチは一歩後ずさった。先日トレーラーに轢かれかけた記憶がフラッシュバックしたからだった。そいつはまさしくトレーラーほどの大きさで、その正体は、クラーケンであった。


 クラーケンの白くテロテロした全身は、夜の海で見るより不気味に見えた。怪しげに発光するその白さに、エイイチがまばゆさすら感じたところで、クラーケンが口を開いた。


「盗みやクスリみたいな旧来のやり方ではもう駄目イカ。これからはオンラインサロンやNFTの時代イカ」


「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃそうじゃ。クラーケンくんの言う通りすれば安泰じゃからのぅ」


「魔王を殺してイカだいた暁には、エイイチくん、あなたにも報酬を差し上げるイカ」


「だから俺は……」


「元の世界にカネを持って帰れなイカ、と考えているなら大丈夫イカ。ビッドコインで差し上げるイカ。何枚欲しいイカ? 百枚イカ? 二百枚イカ?」


「に、二百!? 二百って、ええっ!?」


「決まりイカ!」


「いやまだ決めたわけじゃないっていうか、つかあの、こう、うまいこと話し合いとかできないんですか?」


「ふぉっふぉっふぉっ。話し合い、とな」


「いまさらイカ、ゲソゲソゲソ」


 王様とクラーケンは笑った。なんだか馬鹿にしているような笑い方だった。


「いやゲソゲソって、マジで笑い事じゃないでしょう? 普通に考えて殺すだなんておかしいですって。無理ですって」


「ふぉっふぉっふぉっ」「ゲソゲソゲソ」


 エイイチが何を言おうと、王様たちは腹を抱えて笑い続けた。クラーケンは触手を体に巻き付けるようにして笑うので、ただでさえ細長いフォルムがなおさら縦に圧縮されて、頭が天井にべっとり張り付き気持ち悪かった。


「ひっ、いやー、ははっ、わかるぞい。よーくわかるぞい」


 笑い続ける彼らに不快感を覚えるエイイチであったが、しばらくして王様がむせながら言った。


「ひゃっは。エイイチくんの言うことはよーくわかるぞい。ひひっ、君の実力じゃ、そりゃ魔王を殺すのは無理じゃろうて。ははっ」


「ゲーソゲソゲソ。どうやっても不可能イカ。返り討ちイカ」


「え?」


 エイイチは意味がわからず戸惑った。


「俺は別にそういう意味で言ってるんじゃ……」


「いや、わかっておるよ。エイイチくんのことを、ワシはよーくわかっとる。だからちょっと外を見るのじゃ?」


「外……?」


 エイイチは胸騒ぎを覚えた。さっきからずっと、窓の外から妙な熱気が漂ってきていることに思い当たったからだった。


 そわそわとした気持ちを抱えたまま、彼は北側の出入り口からバルコニーへと躍り出た。たしか北側には何もないはず。エイイチの銅像がある街の南側と違い、北側にはただの荒野が広がっていたはずだ。


 なのに、


 バルコニーから見える光景に、彼は目を丸くする。


「うぉー!! 勇者様が出てきたぞー!」


 そこから聞こえてくるのはけたたましい嬌声であった。


 荒野はすっかり開拓されて、広大なすり鉢状の窪みとなっていた。底へと向かうその緩やかな傾斜には、階段状の客席が同心円状に設けられ、たくさんの人々で埋め尽くされていた。すり鉢のちょうど底、中央だけはぽっかりと丸く抜け、皆が見下ろせるような構造になっている。石畳が敷き詰められたその空間は、どうやら即席の舞台のようで、このすり鉢は要するにスタジアムなのだろう。


 呆然とするエイイチに王が言う。


「ふぉふぉふぉ。驚いたじゃろう?」


「なんですかこれ? これ、一体なんの集まりなんですか?」


「勇者一武道会イカ」


「勇者一武道会!?」


「エイイチくんのパートナーを決める武道会じゃよ。エイイチくんだけじゃ魔王を殺せるわけないからのぉ」


「アウトソーシングイカ。これからの時代、自ら手を汚す必要なんてなイカ」


「あ、アウトソーシング? パートナー? って、ええっ!?」


「いまや民の腹は十分満たされた。パンが終われば次はサーカス。魔王との最終決戦に向けての前哨戦、勇者一武道会の始まりじゃ!!」

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