第23話 クスリの正体
クリスタリナは自身のIDが使えなくなってしまう前に、同じビルの別フロアにある鑑識の倉庫へと駆け込んだ。
彼女はそのまま棚の立ち並ぶ奥まった一角へと移動すると、たくさんの試薬が並ぶ棚の中から赤い液体が入った瓶を迷うことなく取り出した。慣れた手付きでコルクの蓋を開け、手であおいで匂いを嗅いだ。
それは思った通りの匂いだった。
メロンに似た甘く芳醇なフレーバーのなかに、わずかにナッツのような香ばしさが含まれている。そのみずみずしさは、こうして手であおぎ少し嗅いだだけでも体の奥底まで染みいっていくかのようで、紛うことなく麻薬であった。
私の嗅覚に狂いはない。
と、クリスタリナは確信する。その血のように赤い液体の匂いは、現場突入時に鼻をつき、燃やされた証拠品にもこびりついていたあの匂いと完全に同じだった。瓶には、『エリクサー』というラベルが貼付されていて、クリスタリナはそのラベルをじっと見た。
彼女は悔しさに押しつぶされそうだった。
やはりあの男はエリクサーを使用していた。そしてマルパスはその証拠を魔法を使って隠滅した。おそらく賄賂をもらっているのだろう。あまりにも外道、許されざる巨悪である。こんなことが放置されていいものだろうか。いや、いいわけがない。なにか決定的な証拠を見つけ、奴の不正を暴かなくては……
そんなクリスタリナの思考は、可憐な声に中断される。
「いいかげーん、勝手に入るのぉ、やめてもらえませんかぁー?」
彼女が瓶を持ったまま振り返ると、そこには白衣を着た女性が立っていた。
「謹慎食らった人にぃ、こんなところにいられちゃー、困るんですけどぉー」
だらしなく語尾を伸ばしてそう言うのは、トリシェという名の鑑識官を務める女神である。
「私までぇー、辞めさせられちゃうー、じゃないですかぁー?」
彼女の背丈はとても小さく、まるで幼女が父親の白衣を着ているかのようだった。水色の瞳はくりくりと丸く、同じく涼やかな水色のショートカットを揺らしながらクリスタリナへと近づいてくるその動きも、とても子供っぽく見えた。
「すまん」
クリスタリナは謝ると、試薬瓶に蓋をし、棚に戻した。
「悪かったな」
「もーう、頼みますよぉー。クリスタリナ・モルペウス・ノーベイルアウトちゃん」
「いやフルネームで呼ぶなって!」
そう言いながらも、クリスタリナはこわばりっぱなしだった体の緊張が少しほぐれたように感じられた。トリシェはかなり若く見えるが、彼女たち二人は同い年の同期である。数十前の入職時こそたくさんいた同期たちも皆すでに辞めてしまい、いまだ残っているのは彼らしかいない。クリスタリナの本名を正確に覚えているのもトリシェくらいで、それゆえ彼女にはトリシェの存在が心強かった。
「邪魔したな」
とはいえ、これ以上彼女に迷惑を掛ける訳にもいかない。そう思ったクリスタリナが倉庫を出ようとしたときだった。
「まだこんなところにいたのか」
扉が開くと、廊下に立っているのはマルパスである。
「謹慎しろと言っただろう」
そう言うとマルパスは肩を怒らせ、のっしのっしと大股で踏み込んでくる。彼女は「わわっ、倒さないで下さぃー」と言うトリシェを無視し、積まれたダンボールを蹴倒しクリスタリナに詰め寄ると、吐き捨てるようにこう言った。
「たった今、
「…………」
「本当なら今すぐにでも捕まって欲しいところだが、命拾いしたな」
「……真実が明らかになれば、捕まるのは局長、あなたです」
「この期に及んでまだ言うか……。まぁいい、君が
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