第11話 イカ刺し、イカリング、イカスミパスタ
魔王城につくなり、魔王が言った。
「イカ刺しかイカリングか、どっちがええ?」
魔王は烈火のごとく吠え立てた。紫色の顔を赤く染める彼を前に、クラーケンは頭を垂れうなだれていて、エイイチは慌てた。
「いや、どっちも嫌です!」
魔王城は、湾を挟み城下町とすぐ反対側にあった。先程水面に映っていたロウソクのような小さな光がそれである。クラーケンはエイイチを触手に乗せてここまで運んでくれたのであったが、魔王はそれが気に食わなかったようだった。
「せやかて自分ベットベトやん? 客ベットベトにしよるとか魔物の風上にも置けんやろ。腕一本落とすんが詫びっちゅうもんちゃうんか! 知らんけど」
「いや知っててください。つか俺全然ベトベトで大丈夫ですし! 今日はクラーケンの触手攻撃に死にかけたところを女神の温情でリトライさせてもらえた、って体で帰りますから、こっちの方がむしろリアリティがあるっていうか、ねっ?」
「ちゅうても、仁義っちゅうもんがあるやんか」
「いやほんとマジ、マジ俺これからカプセル飲まないといけないんで、イカリング食べてる場合じゃないですし!」
魔王の無茶振りはなにより、クラーケンも腕一本くらいなら別に構わない的な態度なのが恐ろしく、エイイチはなんとか話をそらそうとした。
「あ、そ、それよりすごいお城ですねー。お? あそこはなにをしているところなんですかー?」
エイイチが指さした方を見て、魔王が言った。
「あん? あれは暗号資産がどうのこうのっちゅうやつらしいわ。マイニング? 知らんけど」
魔王城はレトロな外観に似合わず、モダンな内装であった。今エイイチが話題に出した一角にも、扇風機や大型のラック、グラフィックボードなど、たくさんの機材が所狭しと並べられている。
「あれもクラーケンのアホが始めよったんや。ホンマ最近の若いもんの考えとることはようわからん。悪事ゆうたら、昔っからバトルにドラッグて決まっとるやろ。汗水流さなあかん。自分もそう思わへん?」
「いや俺、魔物じゃないですし……」
「やっぱイカスミがええか?」
「駄目です。って、儲かるならそれでいいじゃないですか! いやぁセックスドラッグロックンロールマジ最高。だ、だから早くカプセル飲ませて下さい、マジで汗水かかせてください!」
「そこまでゆうんやったらしゃあないな」
「ありがとうございます。助かります!」
エイイチは魔王が諦めてくれたのでホッとした。
ようやくクラーケンが許され解放され、エイイチと魔王は広い応接間へと移動する。王宮と同じく立派で広く、魔王の肖像画が仰々しいその空間で、エイイチはまたしても二十個のカプセルを飲み込んだ。前回の経験から魔王のヨダレは少なめに、それを流す水の量も極力減らしたとはいえ、二十個も飲むと膨満感がかなりきつかった。
彼は喉に力を入れてゲップを抑え込み、まだ城内を案内したいという魔王の誘いを丁重に断ると、用意された魔法陣から速やかに脱出することにした。
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