3問目:特別 / 当たり前 ③





☆☆☆☆☆☆☆☆





 とはいえ、当然の事ながら楽しい時間だけが続くわけもなく、ついに恐れていた時間が来てしまった。

 文化祭実行委員の顔合わせである。


「どうも、こんにちは。文化祭実行委員長を務める黒崎くろさきです。今日は初顔合わせになりますが一人でも多くの顔を覚えて帰りたいと思います」


 眼鏡をかけた優しそうな男子生徒、黒崎先輩の挨拶から初めての顔合わせが始まった。

 最初は三年生からということで順々に回ってくる挨拶。真面目に挨拶をする人もいれば、笑いを取ろうと滑ってる人もおり、そんな「陽キャの空気」に充てられた僕は段々とこの場にいることが場違いなのではないかと不安に駆られる。

 最近でこそ宮原くんや柊さんと話をするようになったものの、やはり根っこの部分ではどうしても、誰かと行動することに対しての苦手意識がぬぐい切れていない。

 他のどんな委員会よりも集団行動を意識させられる分、精神的な負担はかなり大きい。


『おい、つぎ水戸の番だぞー』


 嫌な思い出がよみがえる。

 やっぱりこういう雰囲気の集まりは無理なんだよと、僕は自分で自分を責め立てる。

 なんてことはない要するに、帰りたかったのだ。


「こんにちは。わたしは文化祭実行委員の副委員長を務めます、四条しじょう紅葉もみじと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 ふと、耳に届く可愛らしい声に顔を上げる。

 先輩、だろうか。この前なぜだか宮原くんがどや顔で教えてくれた情報が正しければ、制服のリボンが青色の彼女は二年生なのだろう。

 どこか気品の漂うお嬢様、と表せば分かりやすいのかもしれない。

 ふわふわとした雰囲気に対し、全身からやる気をみなぎらせている先輩の姿がとても可愛らしいものであり、教室に集まっている男性陣の視線が一斉に集まっていた。


「やぁ四条さん。今年も一緒に仕事が出来て嬉しいよ」

「お久しぶりです黒崎先輩。頼りになる先輩が委員長を務めて下さるなんて心強いです」


 一人一人に丁寧な挨拶を返していく黒崎先輩と四条さんのささやかな会話だが、男子一同の視線が今度は黒崎先輩に刺さり始める。

 口にしなければ言葉は伝わらないが、今ならわかる。要するにこういうことだろう。――てめぇ馴れ馴れしいんだよ、この野郎っ!

 一方でそんな嫉妬の嵐に気付いているのかいないのか全く調子を崩さない黒崎先輩の顔がこちらに向き始める。

 二年生の挨拶も終わり、いよいよ一年生の順番が来てしまったらしい。

 不覚にも四条先輩に意識を取られていたようだ。


「ねぇねぇ水戸っち。なんかやらないの?」


 いろいろあって頭から抜け落ちていた委員会仲間、優木さんがいやらしい顔つきで僕に話しかけてくる。


「……なにかって、なに?」

「そりゃあ『僕が文化祭を盛り上げてやるぜっ!』みたいな熱い挨拶を期待してるに決まってるじゃない。もしくは大うけしそうなネタでもあるって言うんならそれでもっ!」

「え、そ、そんなのないよ。ゆ、優木さんは僕に何を求めてるのさ」

「えぇーっ、せっかくの顔合わせなんだし挨拶だけじゃつまんなくない? なんかこう盛り上がる話題が欲しいっていうかさっ」


 ……やっぱりこの人、苦手だなぁ。

 宮原くんも似たようなノリで話しかけてくるときはあるが、何が違うのか彼の場合は嫌悪感を感じない。

 一方で優木さんの場合は、どうしても苦手意識があるというか正直に言って絡みづらく感じてしまう。ただでさえ上手なコミュニケーションを取れない僕が苦手だと感じる彼女と、この先一緒にやっていけるのだろうか。


「さて、次の人たち。自己紹介をお願いします」


 気が付けば僕らの順番がやってきた。

 大丈夫、無難に名前を告げて挨拶するだけ。水戸悠です、よろしくお願いします。ただ、それだけだ。

 さっきだって他人に気を取られていたくらいだ。大丈夫。挨拶くらい出来るさ。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 そうして心を落ち着け挨拶をしようと立ち上がりそして――。


「……あ……え…………と……」


 僕は、声も出せずにその場で立ち尽くしてしまった。


『先生っ! 水戸のやつがなに言ってるのか聞こえませーん!』


 昔の出来事・・・・・が頭をよぎる。

 最初は「緊張しなくていいよ」などと声をかけてくれていた周りの人も、少しずつ異変に気が付いたのか心配そうな視線を僕に向けてくる。

 

「だ……う……み…………ん……」


 声が聞こえる、が言葉が頭に入ってこない。

 僕はいまどうなっているのだろう。立っているのか座っているのか。前を向いているのか横を向いているのか。

 何も、本当に何も分からない。


「……と、……な……い……」


 本当に、なんでこんなに僕は駄目なんだろう。

 いっそこの場から逃げてしまおうか。学校での居場所はなくなるかもしれないけど、こんな苦しい思いをするならいっそ――。


「……と、…い、水戸っち!」


 瞬間、強い力で制服を引っ張られ僕は体勢を崩す。

 

「おわっ、な、なに?」


 なんとか倒れまいと足で地面を踏みした僕が引っ張られた方向を向けば、そこには物凄く不満そうな顔をした優木さんの姿が見えた。


「ねぇ、水戸っち! ネタの振り忘れを忘れるってどういうことよっ! あたしたちあんなに練習したじゃない」

「え、ね、ネタ?」


 話が良く見えない。ネタって何のこと?


「もういいわっ! みなさんっ! この物覚え悪い系の男子は水戸っち、あとあたしは優木美奈って言いまーすっ! よーろしくっ!」


 暗く漂っていた雰囲気を振り払うかのように明るく挨拶をする優木さん。

 僕を心配そうに見ていた人たちも少し安心したかのように彼女の声に耳を傾けていた。


「もうっ、聞いてくださいよー。せっかくの顔合わせ会だから場を盛り上げようってこいつと打合せしてたんっすよー。そしたらなに? まさかの棒立ち。ウケるんですけどっ!」

「い、いや、そんなことは」

「大丈夫、分かってるって! そうやってあたしにアドリブを求めてるってわけよねっ! いやー、なんでも求められちゃうデ・キ・ル女はつらいっすわーっ」

「いやいやいやいや、どういうこと!? マイペースが過ぎるんだけどっ!」


 気が付けば、僕は彼女のペースに乗せられていた。

 それまで感じていた嫌な空気とか嫌悪感とか、そういったものを忘れて、僕は夢中で優木さんに振り回されていた。

 

「あ、ちなみにうちのクラスだけどみんな喫茶店がいいっていうから、それで決まりね」

「え、そんなのいつ聞いたのさっ」

「昨日? 真希たちに聞いたらやりたいって言っててさ」

「少なくともそこに僕はいないよっ!」

「はいはい。二人ともそこまでだよ。一年生がここまで騒ぐなんて珍しくて、君たちの顔は忘れられそうにないね」


 やがて、見かねたように苦笑いをした黒崎先輩が止めに入る。

 手を叩きながら話に割り込む姿は、いっそ教師であると言われても違和感がないほどだった。

 ――我に返るとなんと恥ずかしいことをしていたのだ、僕は……!


「あー、すみませんでしたーっ」

「……すみません、でした」


 どう見ても反省していない優木さんと恥ずかしさに悶えながら謝る僕。

 そんな二人の姿が面白かったのか、周りから笑い声が聞こえる。

 その中には黒崎先輩も、四条先輩の声も混じっていた。


「まぁ、仕方ない。次はもっと静かで面白いネタを期待しているよ」

「はーいっ、水戸っち頑張ろうねっ」

「……もう好きにしてくれ」

「あ、そうだ。水戸くん。最後に自己紹介をお願いするよ」


 話が終わったとばかりに座ろうとする僕に、黒崎先輩が声をかける。

 

「自己紹介、ですか?」

「そうだ。実は、僕はまだ君の自己紹介を聞いていないのだよ」


 そういえば、そうだった。

 優木さんと話をしていただけで、まだ挨拶が出来ていなかったのだ。


「え、水戸っちまだ挨拶してなかったの?」

「そう、みたいだね」


 呆れた顔の優木さんが僕を見る。いや、優木さんがその表情はおかしいよね?


「……あ、あらためまして、水戸悠って言います。ぶ、文化祭実行委員なんて初めてですが、よろしくお願いします」


 好奇の視線が刺さる中、僕はとっとと挨拶を済ませることにした。

 無難だが失礼のない程度に、一応しっかりとした挨拶を意識して。


「あぁ、よろしく頼むよ。水戸くん。優木さん共々いまみたいに文化祭を盛り上げてくれることを期待しているよ」

「だってさ水戸っち! よろしく頼むぜっ!」

「いや優木さんの方が適任では?」


 こうして、僕の波乱の初顔合わせ会は幕を閉じた。

 今日はいろいろあってあまり顔と名前を覚えることは出来なかったけど、これから時間を重ねて委員会のみんなと交友を深めていくことになるのだろうか。


「いやー楽しかったね水戸っち! これからが楽しみだねっ」

「ところで気になってたんだけど、『水戸っち』って僕の呼び方なの?」

「え、いまさら? ウケるんだけど」


 とりあえず、今日は少しだけ覚えた人たちがいる。

 優しそうな眼鏡の黒崎先輩と男性陣の視線を独り占めにした四条先輩。


「ねぇ、水戸っち。どっかで食べて帰らない?」

「…………えっ?」

「冗談だよ冗談っ! なーに、期待しちゃったのっ? しょーがないなー水戸っちはっ!」


 そして、騒がしく僕の最も苦手な女子、優木さん。

 明日宮原くんと柊さんに、彼女がいかに嫌なやつかということを丁寧に話してみようと思う。


「で、どうするっ? 駅前の店とかどう?」

「え、本当に行くの?」

「いいじゃんいいじゃん、今日誰もつかまんなくてさっ! まったく薄情だよねみんな」


 とにもかくにも、僕の大変な高校生活はこうして幕を開けたのだった――。


《了》

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