3問目:特別 / 当たり前 ②





☆☆☆☆☆☆☆☆





 放課後、僕は駅前のファーストフード店で宮原くんとゲームをすることになった。

 最初は宮原くんにあてがあったらしくなぜか図書館に向かった僕たちだが、どうやらそこでひと悶着あったようで、事が済んだ頃には不満そうな顔をした宮原くんの後ろ姿を眺める結果となっていた。

 当然ながら、僕の家にチェス盤などない。

 宮原くんいわく、彼の家にもないとのことでどうしたものかと悩んだ先、渋々ながらも宮原くんはゲームでの対局を提案してきた。


『仕方ねぇか。なぁ水戸、そのゲームを教えてくれねぇか』


 そこからが少し大変だった。

 ゲーム一つダウンロードするのに手間取る彼の手つきを見れば、いかにこういったことに不慣れであるかが見て取れ、またいざゲームを始めても、案の定操作がおぼつかない状況であったのだ。


「……なぁ、水戸。俺はチェスがやりたいだけなんだが、なんかキャラクターを……引く? って言われんぞ」

「あぁ、それはガチャっていうんだけど、とりあえず引いてみれば分かるよ」

「あ、あぁ。えっと……これか?」


 チュートリアルを突破し始めて回せる十回連続ガチャ。このゲームは何といってもここが重要であると言われている。

 キャラクターによって演出が異なるのは当然で、なんといってもその特性によって駒が強化されたりと非常に強弱がはっきりした強さが売りとなっている。

 アニメでは駒の名称、ポーンやナイト、ルークといった役職が登場キャラクターたちの個性を引き立たせており、それを上手くゲームに再現したともっぱらの評判だった。

 さて、宮原くんのガチャ運は、っと――。


「お、おぉ! いい! いいよ! 宮原くんっ! 少し前に僕がプレイしてた頃の人権キャラクターを二枚も引けるなんて! これなら凸も出来るし能力も開放出来るよ!」

「お、おぅ! やったぜ! なぁ、ところで俺としては早くチェスをやりてぇんだが」

「うん、大丈夫。すぐできるから! でもその前にレベルを上げて……あ、でも少しストーリーを進めてから……いや、でも」


 こ、これはかなり引きの良い結果だ! ビギナーズラックというのも馬鹿には出来ないというのは聞いていたが、まさかこれほどとは――。


「……なぁ、さっきから気にはなっていたんだが、キャラクターがこんなにいるのはなんでだ? アバターとかいうネットの姿を選択できるってわけじゃねぇよな。というか、この能力ってなんだ」


 一人盛り上がりを見せてしまった僕とは対照的に珍しく顔を引きつらせる宮原くん。

 一体どうしたというのか、顔をスマホの画面に近づけて説明文を読み始めたようだ。


「なにって? 能力だよ。キャラクターの特徴っていうか」

「そうか。なら聞きてぇんだが、『この相手にポーンを取られた場合、二回まで手元に戻せる』って、こりゃなんだ」

「え、そのまんまの意味だよ。ポーンを取られたら二回まで手元に帰ってくる能力。それレア度低い能力で正直あんまり強くないよね」

「駒が手元に帰ってくるのにつよくねぇ!? いや、そもそも意味が分からねぇんだが……じゃあこの『手元にポーンが六駒ストックされていた場合、好きな場所にナイトを召喚できる』ってのは」

「手元のポーンがナイトに変わるんでしょ?」

「いやいやいやいや意味が分からねぇよ! これは本当にチェスなのか!?」


 ものすごい勢いで興奮する宮原くん。ゲーム初心者の彼にとっては特殊なルールや能力の把握は大変らしく、開いた口がふさがらない様子でキャラクターの画面の解説を僕に求めてくる。


「なぁ、水戸。おめぇが言ってた超強いってキャラクターなんだが」

「『相手に一ターン渡す代わりに好きな駒を一ターンだけ自分の駒として使える』って能力だね。チェックメイトはかけられないんだけどこの能力が環境を一気に変えていった時代があって……」

「そうか。頼むから死んでくれ」

「なんでさ!」


 突然の死刑宣告に驚きながらもゲームを進め続ける僕と、頑なにチェスを始めず文句ばかり言う宮原くん。

 買った食事は食べ終わり飲み物も残っていないし、なんか騒がしく迷惑なお客だっただろうけど、それがまた僕にとっては楽しかったのだ。


「ところで、なんでガチャ? で出てくるのは女だけなんだよ」

「え、男の人ってチェスするの?」

「てめぇ今日一日で随分調子に乗ったじゃねぇか! ちょっと表出ろやっ!」


 存外、僕はこんな学生生活を望んでいたのかもしれない。





☆☆☆☆☆☆☆☆





 変化はそれだけではなかった。

 もう一人こんな僕に話しかけてくれる奇特な人物がいた。柊詩乃さんだ。


「ねぇ、あなた最近宮原くんと仲が良いわよね。なにかあったの?」

「え、あ、えっと……チェスがやりたいって、その……」


 こんな女の子に話しかけられるなんていつ以来だろう。僕は上手く返事が出来ただろうか。


「チェス……あぁ、そういう。でもあなたと?」

「あっと、この前の授業中に、声をかけられて」

「おい柊、てめぇ何を聞き出そうとしてるんだよ」

「あら宮原くん、戻ってたの。いえあなたと最近仲が良い奇特な男子がいるから興味があって」

「あ、ありがとうございます!」

「てめぇ水戸。なんで感謝してんだよ。……ったく、変な奴だぜ」


 なんだか、友達っぽいやり取りが出来てるじゃないか!

 さすがにキモイと思うので顔には出さないが、内心の喜びを抑えるのに必死である。


「まぁ隠すようなもんでもねぇしな。実はよ、このゲームをこいつに教えてもらってな」


 ……………………あっ。


「い、いや宮原くん、そ、それは!」

「…………あら、ずいぶんと可愛いゲームじゃない。なにかしらこれ」

「なんかチェスのゲームだってんだけどよ。世界中ではやってるらしいぜ。知らねぇのか?」


 み、宮原くん! 世界中ではやってるなんて一言も言ってないし、なんならそのマウントを取った態度は僕からしたらとても見るに絶えないっ――!


「いや柊さん! それはっ!」

「ちなみに、あなたたちはどの女の子が好みなの?」

「あの、その…………えっ?」

「あ? なんだよ急に」


 突然の柊さんの一言に固まる僕と頭をひねる宮原くん。

 質問が聞こえなかったのかとばかりに首を傾げ、相も変わらずの無表情で僕の心臓を差しに来る。


「え、だってそういう・・・・ゲームなんでしょ? これ」


 ……………………なんかすみませんでした。

 この世には情人離れした鋼のメンタルを有する人間もいるが、僕はその真逆をいくタイプだ。正直恥ずかしさのあまりこの場を逃げ出したいとさえ思い始めているのだが……しかし、勇気を振り絞ってあえて挑戦してみることにする。

 少なくとも、宮原くんは僕のことを見放さないはずだから……!


「あの、えっと…………この娘、かな……」


 指差したのは僕のお気に入り、『エルフの魔術師ミイナ』。

 初めてアニメで見たときにすごく可愛いと目を惹かれ、ゲームで登場すると知った時にはなんとかガチャを引くためにと親からお小遣いの前借りを強請ったほどだ。

 欲しかった最新作のゲームを我慢、貯金を崩しお年玉までかけて引いたときには何十回とガチャを回した後だった。

 バイトなんかのお金を稼ぐ手段のない、いち中学生の取るべき行動ではなかっただろうけど、それでも僕は公開などしてはいなかった。


「へぇ、この子。可愛いわね」

「見せてみろって。あぁ、金髪ってのがいかにも水戸が好きそうな……ってこいつ、あの訳わからねぇ能力を使うやつい女!? こ、こいつかっ!」

「……能力? なに、能力って?」

「……あぁ、聞いてくれよ柊。このゲーム、やべぇんだよ」


 気が付けば僕の勇気など知らぬとばかりに会話し始める宮原くんと柊さん。

 初めてだったかもしれない。僕の趣味を馬鹿にしない人たち。友人になれそうな同級生。


「ね、ねぇ、それで宮原くんの好みはどの娘なの?」

「あ、俺か? いや……これ漫画、ってかゲームだろ?」

「あら、いいじゃない。さぁ宮原くん。私たちに教えて頂戴」

「お、おい、冗談だろ? こんな絵に興味なんてねぇっての!」

「どう思う、ひ、柊さん。宮原くん逃げてるよね?」

「えぇそうね。水戸君。実は内緒にしていたのだけれど彼は恥ずかしがりやなのよ」

「おいおいおいおいっ! そこまで言うなら見せてみろよ! おい水戸っ! てめぇのゲームの方がいっぱいキャラクターがいんだろ? 見せてみろやっ!」


 目立つのは好きじゃないし騒がしいのも好ましくはないけれど。

 僕はもしかしたら、変われるのかもしれない。

 彼と彼女を見て、僕はそう心から思った。

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