2問目:勝利 / 敗北 ②





☆☆☆☆☆☆☆☆





「それで、あなたはコテンパンに負かされたわけね。なんて恥ずかしいモノローグだったのかしら」

「いやそこまで言ってねぇよ。てかほっとけや!」


 朝のかったるい朝礼が終わって間もなく、俺は目の前の女にボロクソとけなされていた。

 あの謎女との出会いから三日が経過し、俺がどうなったかと言えば……まぁ、釈然としない気持ちを抱えることとなっていた。

 負けたのだ。割とコテンパンに。それこそいまだ勝ち筋が見えないまでに。……完膚なきまでに。

 自分で言うのもあれだがチェスの腕は悪くないしむしろ強いとさえ自負していた。多少のブランクはあるがそれでもそこいらの素人になど負けてやることがない程度には、だ。

 

「それで、なぜそんな話を私に聞かせてくれたのかしら。まさか慰めて欲しいの?」

「相変わらず性格がひん曲がってんなおめぇは! ……ちげぇよ。柊に聞きたいことがあるんだよ」


 この他人をおちょくることに一切の躊躇をしない常に無表情な女、ひいらぎ詩乃しのは俺の腐れ縁だ。

 同級生……つまり俺と同じく入学してから間もないわけだが、まぁよくよく評判の良い噂が飛び交っており、やれ「可愛い」だの「お人形さんみたい」と容姿を褒め散らかすものから、行きつくところでは既に複数の上級生に告白までされたとまで話に聞いている。

 コミュニティに属さない俺がここまで聞いているってことは他にもいろいろとあるんだろうが、まぁ御大層なことだぜ。


「で、だ。柊に聞きたいことってぇのが――」


 ただ、俺個人として柊のことは「将来一緒に馬鹿をやりたい友人」の一人に数えている。

 恋愛感情なんかはねぇ。少なくとも今のところは、だ。

 男女の仲なんてこれから先どうなるか分からねぇもんだし、柊との関係がどうなるかなんて知る由もない。なんなら悪くなることだってあるだろ。

 だけど、高校に入って柊に再会したとき、どう転んでも多分こいつは長く付き合っていくことになるんだろうな、なんて気がしちまったんだよな。

 昔っから妙に頭が切れるところもあったし、頼れる女友達ってのがいるのは決して悪くねぇ。


「……そう。あなた、馬鹿でしょ」


 ほんっとに口はわりぃけどな!!


「それで本題だけど、その人ってそもそも私たちと同い年なの?」

「いや分からねぇ。背丈は柊よりも少しちっこいくらいだったが」

「身長を基準にされてもあてにならないわよ。あなただってその見た目で年上に見られたことはあるでしょ?」

「そりゃそうだけどよ……」


 で、本題ってのが謎女についてだ。

 いろいろあった末リベンジしてやろうと思った俺だが、あろうことか名前を聞くのを忘れてしまったのだ。

 思ったよりチェスが長引いたせいで用事に間に合わなくなりそうになったこともあり、その場では名前を聞けずじまい。

 ならばと図書館へ行ってみれば、ここ二日で一度たりとも謎女に会えることもなく、一応やつと座っていた席を見に行ってはみたものの、チェス盤諸々は片付けられており普通の読書用席になっていた。

 探しようがないわけでもなかったがいちいち歩き回るのもめんどくせぇと思った矢先、教室で柊を見つけたことから今に至るってわけだ。

 

「一応教えてあげるけど、次にあった時は胸のリボンを見てみなさい」

「胸のリボンだ?」

「そう。女子はリボンが学年ごとに色分けされているのよ」


 そう言って俺に制服の胸に付いているリボンを見せる柊。色は赤、ってことは一年生が赤色で……。


「二年生が青、三年生がこん色。まぁ着用が義務付けられているわけでもないしファッションの一環で他学年の知り合いと交換している人もいるみたいだからあくまで参考程度にってだけだけど」

「なるほどな。胸のリボンか……」


 言われて思い返そうとするが、どうにも思い出せねぇ。

 そもそもリボンなんてしてたか? 身体なんかジロジロ見るもんでもないし目についた記憶もねぇ。

 しいて言えばあの時図書室にいた受付の図書委員の方が……。


「あ、そうか」


 そういえばあの図書委員。あいつを探すのもいいかもしれねぇ。

 なんか謎女のことを知ってそうな雰囲気だったし、なにより「図書委員」って分かってるのがでけぇ。正体不明の謎女を探すよりよっぽど早そうな気がするぜ。


「わりぃな柊。あてが出来たわ」

「そう。それは良かったわね」


 とりあえず昼休み、図書室に行ってみるか。

 いなきゃいないで構わねぇ。いるやつに図書委員の女のことを聞きゃいいだけの話だ。


 待ってろよ謎女。今度は俺が勝つからな!





☆☆☆☆☆☆☆☆





「で、なんで柊がここにいるんだよ」

「話を聞かせるだけ聞かせておいてその言いぐさはないでしょう。興味があるのよ、単純に」


 ようやく待ちに待った昼休み。授業中に早弁を決め込んだ俺を縛るものは何もなく、チャイムが鳴ると早々に教室を出たわけだが、なぜか隣に柊が立っていた。

 影が薄いなんてことはないが、気が付くと近くにいたりするのが昔からの恐ろしいところだ。忍者みたいなやつだ。いや会ったことはねぇが。


「いや別にいいけどよ。お前昼ごはんはどうしたんだよ?」

「食べたわ」

「……いつだよ?」

「愚問ね。あなたと同じよ」

「とんでもねぇ女だなお前は! どう見ても早弁キャラじゃねぇだろうが!」

「初めての経験だったわ。ちなみに感想がある」

「……言ってみろよ」

「……お腹すいていない時間に食べたせいで少し気持ち悪いわ」

「馬鹿かてめぇは!」


 とんだド阿呆じゃねぇか!

 いつもと変わらねぇ無表情だから全く分からねぇが、こいつはいったい何がしたいのか。


「まぁいい。……気持ち悪くなったらちゃんと教室に帰れよ」

「任せなさい。誰にものを言ってるのかしら」

「ド阿呆女にだよ」





☆☆☆☆☆☆☆☆





 てなわけで調子を狂わされるトラブルはあったものの、しかし俺が思っていたよりも物事は順調に進展を見せることとなる。

 昼休みの図書室。受付に立っていたのはあの時の図書委員の女だった。


「あれ、詩乃ちゃん。珍しいね」

「こんにちは友奈先輩。今日は彼の付き添いで」


 まぁ、強いてあげれば柊の知り合いだったってのが気になるところではあるのだが。……いや、話が早いに越したことはねぇ。


「……どもっす。一年の宮原って言います」

「こんにちは。わたしは二年の明石あかし友奈ゆうなって言います。……ってあれ? 君はこの前の」


 どうやら目の前の、どこぞのお嬢様みたいな容姿の、明石……どうやら先輩は俺の事を覚えていたらしい。まぁこの見た目で忘れろって方が難しいのかもしれねぇが。


「友奈先輩。少し伺いたいことがあるんですけど今は大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ。委員会の仕事はしないといけないから空いている時間で良ければ。それで……宮本君かな。君がわたしに何か聞きたいの?」


 そう言いつつ明石先輩が俺の方へと振り向く。


「先輩に聞きたいのは謎女、じゃねぇ。この前俺とチェスを指していた女子生徒がいたと思うんですけどそいつの名前が知りたいんですよ」

「あぁ、桜ちゃんのこと? えっ、なに気になるの~!」

「気になるの~?」

「……柊、うぜぇ」


 目の前二人のノリがうぜぇ。

 小柄な柊よりやや身長が高いくらいか?

 口にはしないが年下……良くて同級生にしかこの先輩も、なんだか柊のめんどくせぇところに通じる何かを感じた。……というか、この先輩。


「……変なこと聞きますけど。先輩、この前と雰囲気が違いますね」

「え、雰囲気? そうかな」


 きょとんとした様子の明石先輩に俺は拍子抜けしてしまう。

 気を使う必要がないのは助かるが、昨日びびってたように見えてたのは気のせいだったのか?


「いや、なんでもないです。それよりも『桜』ってのがあいつの名前なんですか?」

「こらこら。あいつなんて呼んじゃだめだよ! 桜ちゃんはわたしと同じ二年生で君の先輩なんだから。氷室桜。わたしの大切な友人だよ!」

「……あぁ、やっぱり先輩だったのか。あと柊、うぜぇぞ」


 柊の「どや顔」にツッコミを入れつつ、俺は『氷室桜』の正体について思いに耽る。

 一つ上の女で、チェスが強い……。俺と会ったことがある?


「……いや、やっぱり記憶にねぇ」


 『氷室』って苗字も『桜』って名前にも今一つ覚えがねぇ。

 そもそも本当に会ったことがあるのか? はっ、結局分からねぇことだらけじゃねぇか。


「氷室、桜。あいつ、じゃなくて……氷室先輩、はまた図書館に来ますか?」

「……そうだね。来ると思うけど、いつかってのは分からないかな」

「そうなんですか?」

「あ~でも君が会いたいって伝えたら来るかもね。連絡してみようか?」

「お願いします」

「なんでてめぇが答えてんだよ、柊!」


 とにもかくにも、これで準備は整ったってわけだ。

 何故か柊主体で作成されたLINEグループに巻き込まれたことだけは気に入らねぇが、まぁいいだろう。氷室、桜か。前回は油断したが今度はそうはいかねぇぞ。


「あっところで詩乃ちゃん。そろそろ部活は決めたの?」

「いえ。一つ候補は決めてるので見学に行ってみようと思うのですが」

「それってもしかして」


 二人で話を始めた柊と明石先輩を傍目に見つつ、用が済んだ俺は図書室を後にする。

 あとはやることは一つ。数年以来、久々にチェスの勉強だ。

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