2問目:勝利 / 敗北 ①
俺、
別に喧嘩みてぇな暴力行為だとか、盗みや万引きなんかの犯罪に手を染めた覚えはない。
いや、そんなことが普通だってのは分かっているが、ようは
『ねぇねぇ知ってる。1年C組の宮原、また喧嘩沙汰起こしたらしいよ』
『え~、私が聞いたのは仲間たちとつるんで隣の県の学校に乗り込んだって話だったけど』
『夜中に女の人とホテルに入ってくのを見たっていう人もいるよね』
どうにも人間ってのは見た目の印象で良し悪しを判断する習性があるらしい。
例えば俺の派手な茶髪。こいつは正真正銘の地毛なんだが、中学時代教師どもが「黒に染めろ」なんてアホみたいに指示してきた時期があった。まぁ染める意味なんて分からねぇ俺からすれば話を聞いてやる必要もなく無視し続けてたら学校中に面倒な噂が流れ始めやがった。
曰く、宮本は迷惑をかけたがる不良生徒だ、と。
そこからが面白かった。事実無根の噂がどんどん増えていきやがった。
暴力、煙草、万引き、女遊び、ほか様々。
まぁまるっきり全部嘘ってわけでもなかったが、誰が流したのかついには他の学校の奴らの耳に届くまで噂話は拡散されていった。それこそ教師どもがおかしなことを言い始めるくらいにだ。
『宮原、今ならまだ許してやる。ちゃんと謝り、反省しなさい』
何をだ? って笑っちまったよ。
噂話になってしまってごめんなさい。もうそんなことにならないように真面目に学校生活を送ります…――ってか。
意味が分からねぇし義理もねぇ。聞いてやる理由もねぇとくれば、あとは無視しかねぇ。
その後もいろいろあったが、なんやかんやとそれから2年近く経って今に至るわけだが……それがまた今度は高校生活にも影響してきてるってわけだ。
「ま、だからってどうでもいいけどな」
別に胸躍る煌びやかな学校生活なんて望んじゃいねぇ。
将来これといってやりたいこともない俺だが、目下の目標だけはある。アルバイトで金を稼ぐことだ。
金を稼ぎに稼いで、高校を卒業したら家を出る。裕福な生活とまで望んじゃいねぇがそれなりに面白い人生を送れればそれでいい。適当に出来た仲間たちと馬鹿をやれれば、多分それが一番だ。
てなわけで結論として、悪い噂が飛び交おうが俺の知ったこっちゃねぇ。好きにしてくれってもんだ。
……じゃあなぜこんな俺の背景なんかを説明をしてるかっていうと、よく分からねぇ面倒ごとに遭遇したからだ。そんな『不良』の俺に、どうどうと絡んでくる奴がいたわけだ。
『だ~れだ』
場所は図書館。用事があって足を運んだ俺だったが本を探していた矢先、誰かに軽く右肩を叩かれた。
そして振り向く俺。振り替えるだろ。普通振り返るよな? だから俺は叩かれた片側に顔を向けたんだよ。
そしたら肩に置いてあったままの手のひらから右指だけ伸びててよ。突き刺さるんだよ。俺の右頬に。ずぶりと。
「いや痛てぇよ! なにすんだおめぇは!」
いいか? ずぶりと、だ。
俺の知ってる「肩トントン」は振り向いた顔に軽く突っつくくらいの可愛いもんのはずだ。
それがあろうに、こいつ、突き刺してきやがった!
「……だ~れだ」
「知らねぇよ! だれだおめぇは!」
絶対いますげぇ顔をしてるぞ俺。なにせいまだに指が刺されっぱなしでこいつの顔を拝むことすら出来てねぇ……ってかこいつ力つえぇな!
「てめぇ! 顔見てやるからいい加減指をどかせや! てか痛てぇんだよ」
「……分かった」
散々に文句を言ったらようやく指を下ろしやがった。なんなんだこいつは。
「ったくよ……。……あぁ?」
「……だ~れだ?」
本当に分からねぇ、誰だこいつは。
顔は、まぁ可愛い。普段高水準の|腐れ縁(おさななじみ)を見てるから麻痺してるかもしれねぇが、それでも素直に可愛いといえる部類だ。
身長は低いな。俺との身長差を考えればさっきは背伸びでもしてたんじゃねぇかってくらいに小柄だ。
だが、何よりも目を引いたのはその髪の長さだ。その低い身長も相まってか、あと数年もすりゃあ地面に着くんじゃねぇかってほどに長い。本当になげぇ。
「……だ~れだ」
だからこそ思うんだが、マジでこいつのことを知らねぇ。
一目見て忘れない、なんてことは言わないしどこかで会ってたかもしれねぇ。
だが、それすらも分からないほどに記憶にいない。いなかった。
「……俺たちどこかで会ったことあるのか? わりぃけど、あんたのことなんて知らねぇよ」
「…………」
嘘を言ってもしょうがねぇ。
正直に知らないと言ってやった方がためになるだろうと事実を伝えてやったわけだが、どうにもこいつが何を考えているのかが分からない。
無表情……なのか? じっと俺の顔を見つめるだけで何も言わず、何をするでもなく突っ立ったままだ。
どうしたもんかと辺りを見回せば、図書委員だろうか? 受付から上級生っぽい女が俺を迷惑そうに見ていた。
――いや、若干だが怖がっている様子を見るに注意しようにも出来なかってところか。
「ちっ、もういいだろ。じゃあな」
これ以上こいつと関わってもいいことはないだろ。そう考えた俺はさっさとこの場所から離れようとしたわけだが――。
「……チェス、出来る?」
「……あ?」
今度は制服の肘を掴んで引き留めてきやがった。
というかなんだ? チェス? 唐突になんだこいつは。やりてぇのか、チェス。
「……あのな、俺は」
「チェス、出来る?」
さっきよりも食い気味になってきてねぇかこいつ。
「チェス、出来る?」
人の話を聞こうとしないこの女を前に、どうしたもんかと先ほどの図書委員に顔を向ける。
『なんとかしろよ、図書委員だろ?』
やはりこちらを見ていた図書委員にアイコンタクトでそう伝えたつもりの俺だったが、やつの返しは『首を横に振る』という行動だった。
「……いや、どういう意味よ?」
意思疎通出来そうにねぇ。
――まぁ俺を恐がってるわけだし当然だわな。
「チェス、出来る?」
「…………」
「チェス、出来る?」
「……あぁ、出来るぞ」
「……じゃあ、よろしくお願いします」
「対局ってことか?」
「……そう。よろしくお願いします」
……はぁ、仕方ねぇ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ。
その方がさっさと用事を済ませられそうな気がするぜ。
「分かった。やってやるよ。ただし一局だけな」
「分かった。よろしくお願いします」
「場所は?」
「あそこ」
そう言って迷惑女(俺命名)が指差した方を見ると、そこには不自然な空間……というかチェス盤の用意された席があった。
ちょど二人席の広さだが、こいつまさかいつも誰か相手を探してるのか?
なんとなしに図書委員を見れば、今度は盾に首を振り始めた。――そういうことなのか。
「……準備出来てる。よろしくお願いします」
気が付けばいつの間にか席についてる迷惑女。
慣れた手つきで駒を並べ盤面を整え始める。
「はぁ、仕方ねぇ」
チェスなんていつぶりだ。少なくともここ数年は触れてないはずだ。
遅れて席に着いた俺は盤面を眺めながら駒の役割を思い出していく。
ポーンは最初に1、2コマのいずれかを進むことが出来て斜めの駒を取り除ける。ルークは前後左右、ビショップが斜めに進めてナイトがたしか――。
「って、おいおい。ナイトとルークの配置が逆じゃねえか」
ナイトはチェスの駒の中でも最も記憶に残りやすい駒の一つだ。
前二マス横一マス、もしく横二マス前一マスのように特徴的な動きもさることながら、騎士の名を冠しているものの駒の形は馬の頭を模しており印象に残りやすい。
また、白黒どちらによるかで配置が変わるキングとクイーンに比べれば両外側から用意するルーク、ナイト、ビショップの配置順は初心者でも覚えやすい……はずなのだが。
「もしかして初心者か?」
「……そんなことは、ない」
思わず出てしまった言葉に否定しつつ盤を直し始める謎女。
少しは照れた表情でも見られるかと思ったがそんなこともなく、そそくさと盤面を揃え終える。なんと可愛げのないことか。
「……準備、出来た」
「わりぃけどさっさと終わらせるからな。一局だけの約束だからな」
「分かって、る。よろしく、お願いします」
「あぁ、よろしくお願いします」
……まぁ、たまにはいいだろう。
楽しめるとは思わないが、久々に頭を動かすのも悪くはねぇか。
俺は数年ぶりのゲームに興じるべく駒に手を伸ばす。
『よろしくお願いします!』
あれはいつの頃だっただろうか。
最後に触れたチェス盤の記憶をおぼろげに思い浮かべながら、勝利への一手を指し始めた。
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