3話「テンプレに遭遇したみたい」



 森を脱出することができた姫は、そのままあぜ道を宛てもなく歩いていた。目的はただ一つ、街にたどり着くことである。



 近くの街まで一体どれくらいの距離があるのか、姫の預かり知らぬところではあったが、この世界に来て初めての人の形跡を見つけたことに少し安堵する。



 しばらく道なりにとぼとぼと歩くこと数時間、突如としてそれはやってきた。草むらの陰に潜んでいたのか、ぞろぞろと数人の男どもがいきなり現れる。



「へっへー、こんな場所をお嬢さんが一人旅なんて、盗賊に襲ってくれと言ってるようなもんだぜー。なあ?」


(て、テンプレキター! 序盤での盗賊襲撃イベントってやつじゃんこれ!!)



 姫の前に現れた男たちは、薄汚い格好をしており、まともに水浴びもしていないのかキツイ体臭が漂ってくる。



 その顔は醜悪の一言に尽き、それと同時にいやらしい無遠慮な視線を向け、姫の体を頭の天辺から足のつま先まで舐めるように見てくる。



 姫はどちらかといえばスレンダーな体つきをしているが、日本人特有の黒髪黒目をしており、異世界人にとっては神秘的でクールビューティーな印象を与えてしまう。



 元の地球では、顔つきが平凡で目つきが若干鋭かったため、初対面の人間にはとっつきにくい印象を受けてしまい、異性の友達がなかなかできないことを本人も気にしていた。



 だからといって、異性は異性でも盗賊などという極悪非道な存在に好かれたところで、全くもって嬉しくないのは、地球や異世界関係なくすべての女性の共通認識であろう。



「一応言っておくが、抵抗なんて馬鹿な真似はするんじゃねぇぞ? 大人しくしてりゃ、優しく可愛がってやっからよぉー」


「ぐへへへへ」



 リーダー格の男の言葉に、他の盗賊が気持ちの悪い笑い声を上げる。彼らにとって、既に頭の中でどのように姫を美味しく料理するかの会議が、繰り広げられているのだろう。



 ごく一般的な女性であれば、盗賊の言葉に絶望を抱いただろうが、腐っても社会という荒波に揉まれてきた姫が何の抵抗もなく大人しく観念するわけがない。寧ろ、如何にして目の前の外道どもを料理してやろうかと、今も脳内では過激な考えを巡らせているくらいだ。



「なら、こっちも言っておくけど。死にたくないなら今すぐ道を開けなさい。そうすれば、命だけは助けてあげるわ」


「ほぉー、俺らとやろうってのかい? 嬢ちゃんが? 冗談にしては笑えんな」


「最後にもう一度だけ言ってあげるわ。道を開けなさい」


「上等だ! 野郎どもやっちまえ!! てめぇらわかってると思うが、殺すんじゃねぇぞ。久々の上玉だ。あとでたっぷり楽しませてもらうんだからよー」



 男の言葉を皮切りに、盗賊たちが臨戦態勢を取る。この時点で交渉の余地はないと判断した姫は、早々に取るべき行動に移ることにした。



 とりあえず、相手の戦力を確認してみることにした姫は、彼らに向かって鑑定を使用する。すると得られた情報の中で最も強いデータはこんな感じだった。




名前:コンドリアーノ


年齢:28歳


種族:人間


体力:110 / 110


魔力:15 / 15


スキル:【剣術Lv1】、【逃走術Lv2】


称号:盗人、殺人者、強姦、脅迫、犯罪者




 見たところ、それほど大した能力やスキルはなかったが、犯した罪が称号となって出ていたことに姫は驚愕する。



 彼らの雰囲気から相当なワルだと思っていたが、現実では考えられないような罪のオンパレードに、改めて盗賊たちに対し怒りの感情が湧き上がる。



(このあたしに出会ったことを、不運だったと思って諦めてもらうとしますか)



 こうしてテンプレから始まった一方的な戦いが、幕を開けようとしていた。



 そして、数分後――。



「ず、ずびばぜんでじだ……い、いのじばがりは、お、おだずげを……」


「さて、テンプレイベントはこれでなんとかなったけど、ここからどうしようかな」



 盗賊との戦闘は、それはもう圧倒的なものだった。いくら戦闘に慣れている盗賊といえど、所詮は落伍者の集団であり、騎士や冒険者などといった本職の人間とは比ぶべくもない。



 なんの力も持たない者には強い盗賊でも、ある程度の強さを持っている人間にはその真価を発揮することはできないのだ。



 姫は戦闘が始まると同時に、盗賊たちに向かってファイアーボールをぶっ放し、逃げ惑う盗賊たち一人一人にファイアを使って、彼らを焼いて回ったのである。



 その結果、その場にはこんがりと焼けた盗賊たちが完成し、まさに死屍累々の地獄絵図と化していた。尤も、さすがに姫自身日本人ということもあって誰も殺してはいない。彼女自身人を殺めることに対して、最低限度の忌避感は持ち合わせてはいるものの、リアルな戦場を舞台としたオンラインゲームなどで対人戦闘を頻繁に行っていたこともあり、一般人よりも殺人という行為に関して躊躇うことはない。



 なによりも姫本人が、異世界にやって来た時のシミュレートを何千回も行ってきており、その中の一つに人を殺すという行為も含まれていたため、さらにも増して人を殺めることに対して迷うということはなかったのである。



 盗賊たちをどうするかしばらく思案していると、ちょうどそこに荷馬車を轢いた行商人の一行が通りかかった。行商人は小太りの中年の男性で年季の入ったいかにも商人ですといった雰囲気を持っていた。



 彼らに事情を説明すると、盗賊たちをこのまま近くの街で引き取ってもらえば褒賞金が出るとの事だったので、縄で縛って街へと連行する運びとなった。



 成人しているとはいえ、か弱い女性が一人で盗賊たちを倒したことに行商人や護衛の冒険者も驚いていたが、姫が魔法を使えることを告げると、なるほどといった具合で納得していた。



「改めて自己紹介させてもらいますが、私の名はトルネルコといいます。今向かっているアラリスの街でしがない商人をしております。以後お見知りおきを」


「姫といいます。よろしくお願いいたします(トルネルコって、どこぞのRPGに登場する商人かよ!)」


「っ!? つかぬことをお伺いいたしますが、姫様はその……王族の方であらせられるのでしょうか?」


「いえいえ、名前が姫ってだけで、ただの平民ですよ」


「そうですか」



 このようなやり取りをしたあと、改めてトルネルコからいろいろと話を聞いた。彼の話では、今向かっているのは彼が拠点を構えているアラリスという街で、ここから馬車で二時間ほど行った先にあるそうだ。



 姫は自分が地球からやって来た転移者であるということや、知られたくないことを上手く隠しながら当り障りのない雑談をしてアラリスの街までの時間を過ごした。



 そして、盗賊との戦闘で高ぶった感情も落ち着いた頃、姫は自分を鑑定した。




名前:重御寺姫


年齢:25歳


種族:人間


体力:180 / 180


魔力:880 / 920


スキル:【火魔法Lv1】、【水魔法Lv1】、【魔力操作Lv2】、【鑑定Lv2】、【異世界言語学LvMAX】



修得魔法:


【火魔法】:ファイア、ファイアーボール


【水魔法】:ウォータ


称号:異世界人、英雄の素質、九死に一生




 やはりというべきか、どうやら対人戦闘でも経験値が手に入るようで、前に鑑定したときの能力よりも数値が上昇していた。



 ちなみに鑑定と魔力操作のスキルがレベル2になっているのは、盗賊たちと戦った時に鑑定して回ったことと、魔法を使ったことに起因しているのだと姫は結論付ける。



(対人で強くなるに越したことはないけど、オンラインゲームじゃないんだからできれば相手はしたくないかも)



 疑似的な対人戦であれば何度も経験している姫だが、やはり実際にリアルで人を相手に戦うということは精神的にも負担になるのだろう。



 今後はできるだけ対人戦闘は極力避けることを心に誓い、どのようにして強くなるかを考えていた姫だったが、いろいろと考えを巡らせているうちに、アラリスの街へと到着したのであった。

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