4話「アラリスの街の中心でオタクを叫ぶみたい」
アラリスの街の門に到着した姫たち一行は、街に入るために並んでいる列の最後尾に並んだ。その後すぐに、兵士を呼びに護衛の冒険者が詰め所へと向かって行く。
兵士を呼びに行っている間も、往生際の悪い盗賊たちが縄を解いて逃げようと罵声を浴びせながら暴れている。
しばらくして、その場を任されている責任者の兵士とその部下数人が現れ、事情を聞かれた。
ある程度事情を聞き終わると、そのまま盗賊たちを連行しトルネルコと姫の二人が詰所へと行くことになった。
「盗賊討伐のご協力、感謝いたします。こちらは、褒賞金となっております。念のため、中身の確認をお願いします」
「金貨が十枚入ってますね」
「小金貨十枚です。十万ゼノになりますね」
「十万ゼノ?」
この世界の通貨を初めて見る姫に、トルネルコが教えてくれた。この世界の共通通貨はゼノといい、全部で八種類の貨幣がある。
一番価値の低いものは銅貨で、その価値は1ゼノとなっており、さらに価値の低い順から大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、小白金貨、大白金貨が存在している。
それぞれ、十枚毎に一つ上の貨幣と同価値となる。例えば、銅貨が十枚で大銅貨一枚の10ゼノとなり、大銅貨十枚で小銀貨一枚の100ゼノといった具合だ。
ちなみに、それぞれ貨幣の価値を羅列するとこうなる。
銅貨 1ゼノ
大銅貨 10ゼノ
小銀貨 100ゼノ
大銀貨 1000ゼノ
小金貨 一万ゼノ
大金貨 十万ゼノ
小白金貨 百万ゼノ
大白金貨 一千万ゼノ
一般的には、平民がよく利用するのは大銀貨よりも下の貨幣で、小金貨から小白金貨は商人や貴族などの富裕層によく用いられる。残りの大白金貨は、王族や国単位の取引レベルなどで使用される滅多にお目に掛かれない貨幣となっており、トルネルコも目にするのはほとんどないとのことだ。
今姫が手にしている皮袋には小金貨が十枚入っている。即ち、十万ゼノが入っているということになる。
「ちなみにそれだけあれば、一般的な平民の生活費が一月で大体6000ゼノですので、十万ゼノあれば一年と四月はお金に困ることなく生活できますね」
「え? ちなみにですが、一月っていうのは三十日で、それが十二回過ぎると一年ですよね?」
「はい、合ってますよ」
(マジかよ……日本円換算だと五百万くらいじゃね?)
目の前のお金がどれだけの大金なのか改めて自覚させられ、姫は内心で冷や汗を流す。突然目の前に、百万円の札束五つをぽんと差し出されたのと同じことが起きているのだ。姫でなくても、動揺するのは仕方がない。
何故、こんな大金なのか姫は疑問に思い、気になったので聞いたところ、この盗賊たちは最近この辺り一帯を荒らしまわっている一団だったようで、事態を重く見た冒険者ギルドが彼らの討伐依頼の報酬を引き上げたのだそうだ。
それに加え、この街を治める領主が治安維持に積極的な方らしく、盗賊が出ると冒険者ギルドに支援金を援助してくれていることもあって、今回の褒賞金の額となったらしい。
「あの、トルネルコさん」
「なんでしょう?」
「褒賞金は半分ずつでいいですよね?」
「何をおっしゃっているのですか。それは全て姫様のものですよ?」
「え、でも、盗賊たちをここまで運んでくれましたし、何よりあたしもこの街まで案内してもらいましたので、そのお礼としていくらか受け取ってもらいたいんですけど」
それから、姫とトルネルコの受け取る受け取らないという押し問答が続いたが、小金貨十枚のうち二枚をトルネルコの取り分として受け取るということで決着した。
それでも残った金額は、八万ゼノという大金で、平民の生活費一年分という破格のものであった。
そのあと、街に入る手続きが行われたが、身分を証明するようなものを持ち合わせていなかったため、通行税として大銅貨五枚を支払った。
「それでは姫様、私はこれにて失礼させていただきます。何かお困りなことがございましたら、トルネルコ商会をおたずねください。では」
「あ、ありがとうございました」
姫は改めて街まで連れてきてくれたお礼を言い、その場でトルネルコと別れた。
「あのー、すみません」
「なんでしょうか」
「この街でおすすめの宿屋ってありますか?」
「そうですね、このまま大通りを真っすぐ進んだ先に大きな広場があるのですが、そこから左の通りに進んでいただくと【白い歯車亭】という宿があるので、そこがおすすめです。少しお高めですが、その分設備もしっかりしてますし、料理も他の宿よりマシな方ですから」
「そうですか、ありがとうございます」
姫は宿を教えてくれた兵士にお礼を言い、大通りを歩き始めた。アラリスの街並みは中世ヨーロッパ風な造りで、石畳が敷き詰められており、異世界ファンタジーによく登場する街そのものだ。
行き交う人々も様々で、平民風の男に冒険者風の女や荷物を運んでいる首輪を付けた奴隷のような男の姿も見受けられる。
「ホントに異世界に来てしまったんだね、あたし……」
人気のない森からここまで来る間も、元の地球では考えられない光景を目の当たりにしてきた姫だったが、どこかで夢なのではという思いもなかったとは言えない。
しかしながら、ここまで人がいる街へと来てしまっては、最早ここが自分の知る世界ではないことを嫌でも理解させられてしまう。
「ああー、今夜放送の深夜アニメ最終回だったぁー! 今期一番の神作品かつ神回だって、掲示板でもお祭り状態だったのにぃー!!」
もう元の世界に戻れないという思いが姫の心を支配したその時、突如として自分が毎週楽しみに見ていた深夜アニメが、今夜最終回を迎えることを思い出してしまい、それが見れないとわかった途端、思わず叫び出してしまったのだ。
周囲の人々が何事かと姫に注目する中、そんなことを気にした様子もなく、憤りや悲しみといったよくわからない複雑な感情を感じながらも一度冷静になるべく、半ば投げやりな歩調で広場を目指す。
「くぅー、せめてスマホがあればなー。いや、あっても地球の電波を受信してるかわからないかー。なんでこんな時に異世界に来ちゃうんだよ! もうっ」
未だ深夜アニメのことから立ち直れておらず、往生際の悪い態度を見せる姫。さらに、姫の腐った呟きは止まらない。
「しかも、来週は新作の乙ゲー【プリンセス・ラバーズ The Girls Side】の発売日だったんだ。今から推しメン探しの旅に向けて、心と体の調整準備をしてったってのにぃー!!」
姫の悔恨の思いは計り知れず、握った拳をぷるぷると震わせながら顔を歪め歯を食いしばる。
一般人にとってはたかがアニメやゲームだろうと考え、下らないことだと姫の態度を鼻で笑うだろう。しかし、そう、だがしかし、オタクにとって自分の全てを捧げるに足りる生き甲斐を奪われたのだ。これ以上の地獄はなく全オタクからすれば、彼女の心中は察するに余りあるほど理解できることだろう。
広場に到着して十分くらいその状態が続いたが、さすがにいつまでもそうしているわけにもいかず、兵士が教えてくれた宿に足を向けようとしたのだが、ここで姫がある考えを思いつく。
「このまま宿に行くっていうのもいいけど、どうせだから先に服とか今後の生活に必要なものを買ってきた方がいいよね。うん、そうしようか」
ようやく冷静な判断ができるまでに回復した姫が、次の行動に出る。ひとまず、目的の店がどこにあるのか、広場にいる人に聞いてみることにした。
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