五月の暮れの、春の湊の天蓋に浮かぶ雲の徒たる様は、どうしてもあのことを思い出してしまう。捨て去ることのできない過去の呪縛。目を背けることのできない、呪い。

 この身は、この手は、穢れている。

 放課後の教室の窓外から射し込む黄昏時の斜陽によって、赤黒く照らされた掌をぼんやりと眺め、沈思していた黒沢栞は、ふと、開け放たれた窓の傍のカーテンが風に戯え、小さく揺れているのに気が付いた。

 ついさっき迄はカーテンは揺れてはいなかったのだが。

 夕凪も終わりを告げた、ということか。

 そう思い、黒沢は、夕闇が迫る教室の窓を閉めに向かった。すると、一際強い風が窓から吹き渡り、枯れ葉色のカーテンが大きく揺れ、一瞬、あるはずのない幻影を黒沢に見せた。

 水面のように揺れる二人の人影は間違いようもなく、彼女の両親だった。

 しかし、次の瞬間には二つの人影は消え、幽霊の正体見たり枯れ尾花よりも虚しいカーテンが残されるのみだった。

 胸糞の悪くなるのを知覚した黒沢は、荒々しく、窓とカーテンを閉めた。と、不意に電灯が点いた。黒沢が驚いて振り返ると。

「電気点けない方が良かったか。」

 赤月が言った。

 「別に。どっちでも。それに、もうそろそろ帰るつもりだったし。」

 そう言い、黒沢は自分の鞄を持ち、廊下に向かった。

 赤月が特に何か返事をすることはなかった。

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雲の峰 @kumnomine

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