第24話 明神高校
「はぁ……はぁ……俺の勝ちだ、豊仁」
「いやいや、俺の方が長い距離走ってるから」
「それを言うなら、俺もウエイトの後だ」
「ジャンル違いだからノーカン。つうか、同じ距離で考えたらもうとっくにゴールしてるから」
「同じ距離ならそれこそ俺の勝ちだ」
「寝ぼけてんの?大和が俺に勝ったことねえじゃん」
「は?てめぇに負けたことなんざ一度もねぇから」
「素直に認めろよ。上達には素直さが大事なんだぜ」
「るせぇな、大体……っと、誰かいる」
練習時間が長ければ、その分だけ結果に結びつくとは限らない。人間の集中力には限界があるからだ。散漫な状態でやったところで、それは自己満足のための作業に過ぎない。
しかし裏を返せば、集中力が続く限りは練習は有効と言える。
ここ神明高校は、県内で最も強いとされる高校であるが、全体の練習量は他の強豪校よりも少ない。
その分だけ、一つ一つの練習に対する意識が異様に高く、一瞬でも気を抜けばあっという間に自分の場所が無くなってしまう。
たとえレギュラーであっても例外ではなく、過去に、メンバーを登録する直前に背番号をはく奪されたものもいた。
それ故、メンバーに選ばれた部員はチーム内での競争の方が過酷なのである。
トップクラスの選手になればなるほど、ふるい落とされないよう自主練習の量がけた外れに多くなっていく。しかも、常に緊張と戦い続けるため、その集中力も尋常ならざるほどに鍛え上げられている。
「お疲れ様です。剣さん」
一息ついたところを見計らって豊仁は軽い調子で声をかける。
「お疲れ様でございます!」
それとは対照的に、
実力至上主義のこのチームにおいて、上下関係は個々人の力量や意識に委ねられている。
つまり、実力が上であれば敬語を使わずとも文句を言われることはないのだ。裏を返せば、敬意を見せない者が腑抜けた姿を晒した場合、二度とその頭を上げることは出来なくなる。
「お疲れ。水分はちゃんと取ったか?」
二人の挨拶に、
――こういうところだよな
そんな主将の姿を見る度に、豊仁は思う。勝てる気がしないと。
――でも、いつか……
「すみませんです、練習の邪魔をしてしまって」
さっきまでとは打って変わって、しゃっちょこばって謝罪をする。
「いや、ちょうど300本目が終わったところだから大丈夫」
「ティーをですか?お一人で?」
「そう。素振りだけだとイメージが掴みにくいからね」
「言ってくれれば上げますよ?」
「いや、他の人の時間を奪うわけにはいかないから」
筋骨隆々の肉体からは考えられないほど柔らかい喋り方をする。
しかし、試合となればその姿は豹変する。
ボールを叩きつぶすがごとく強烈なスイング、射貫くような二塁への送球、そして山と見紛う程のどっしりとしたキャッチングは、ドラフト指名確実と称されている。
対戦したピッチャーは、その威圧感に圧され、自分のピッチングが出来なくなる。
彼とバッテリーを組んだピッチャーは皆、堂々としたピッチングを見せる。
攻守に渡ってチームを支える、扇の要に相応しい選手だ。
それらは、他を圧倒するほどの練習量に起因する。
元々、中学までは無名だったが、一念発起して強豪校に入部。始めはついていけず、誰もが早々に辞めるだろうと思っていた。
しかし、決して折れることはなかった。どれだけ実力に打ちのめされようと、諦めず、上手くなるために、強くなるために、練習に練習を重ねた。
そのうち、体が大きくなっていき、技術が力を補い、力が技術を支えるようになっていった。
そこからメキメキと頭角を現し、ついに中心選手となるに至った。
「そこまで打てるのに本数を減らそうとか思わないんですね」
「まだまだ、僕よりも優れた人はたくさんいるからね。満足なんかできないよ」
「ちょっとくらい油断してくれた方が、ぶすっといけるのにな~」
「ハッ、情けねぇなてめぇは。万全の先輩が相手だと勝てねぇってか?」
「今のままじゃ無理。そうなれば、勝ち筋は隙をつくしかないじゃん。大事なのは勝つことだろ」
「アホかよ。納得いく形で勝たねぇと勝ったことにならねぇだろ」
「武のも生駒のも、二人の言うことはどっちも理解できるな」
徐々にヒートアップしていく二人に割って入る熱田。その顔は、楽しく、そして嬉しそうだった。
「だけど、どっちにしても勝てなきゃ意味ないよね」
柔和な笑みから不敵な笑みへと変わる。僕には勝てないよね、そう言いたげな表情だった。
「当たり前ですよ」
「もちろんでございます」
二人の後輩の瞳は、まっすぐに先輩を見つめていた。
「ワクワクするね。でも、まずは次の相手に集中しないとね」
「そうでございますね。次は、せん……せんじょうの……」
「戦場ヶ原高校。次当たる高校の名前くらい覚えておけよ」
「っるせぇな、名前なんてどうでもいいだろうが!」
「とにかく、一戦必勝、だよ」
頼りにしているからね。そう言って、熱田は部室へと向かっていった。
頼もしい背中を見送りながら、二人は思う。
「「絶対に勝つ!」」
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