第23話 鍵

「っとまぁ、大体こんな感じだ。正直、映像だけだと掴めない空気はあるが、明確な違いは分かったよな?」

初戦が終わった後、学校に戻ってご飯を食べ、試合の中身についてのミーティングをみっちり行った。具体的に、どのケースでどういうことが出来たか、あるいはしなければならなかったのか。そして、どのくらい取りこぼしがあったのかを確認した。

その後、甘かった部分の詰めを行うための実践練習をしたが、用意されていたケースは、次に当たる明神高校が実際に迎えた場面を再現したものだった。

練習後は1回戦の様子を撮影した映像と比較しながら、自分たちと相手チームの差異を明確にしていった。

「こういうところに地力の差が表れる。チャンスでの1本、ピンチでの粘り、状況判断、どれも厳しい練習を経て培われるものだ。当然、数日でこの差を埋めることは不可能だ」

普段から言われている1球に対する集中力を、強いチームは当たり前に意識している。彼らは勝負というものを理解している。チーム内での競争が激しいのだからそうならざるを得ないとも言える。

「その上、多くはセレクションだから個々の能力も高い。そして極めつけは、彼らがチームであることだ。何よりもこれが一番怖い」

何を言っているのだろう。僕らもチームだとは思うが、つまりは団結力のことなのだろうか。

「チームっていうのは……いや、止めよう。これは俺が言うより、自分たちで考えて、感じて、そうやって見つけ出すのが一番良い。もしかしたら、次の試合でその糸口みたいなものは見つかるかもな」


こうして、僕たちは、生き残りという形で1日目を終えた。

しかし、2回戦はここまでうまくいくはずがない。なにせ、相手は県内屈指の強豪校だ。

明神高校。多数のプロ野球選手を輩出した名門中の名門。県内外から有望な選手が集まってくる上に、その練習はプロに匹敵するほど過酷だと言われている。

監督も言っていたけれど、力の差は歴然で、勝てる可能性はほぼゼロに等しい。

当然だ。指導者が違う、環境が違う、練習が違う、何より才能が違う。

そんなことをぼんやり考えながら駐輪場へ向かう。さっきまで止んでいたいた雨がまた少しぱらついてきたので、足早に自転車の元へ辿り着く。そこには生駒ちゃんの姿があった。

「あ、お疲れ様です」

水色のかっぱを着ていた。備えあれば憂いなしか。

「はい、予報では降水確率は高くはなかったですけど、念のためです。帰りに雨に濡れるのは嫌なので!」

そんなに雨が嫌いなのか。

「雨、というより自分の準備不足に腹が立ちます。一度、それで痛い目をみたことがあって」

静かだが、その目には明らかに悔しさを滲ませていた。痛い目?

「前に話したかもしれませんが私、中学の時はソフトボール部だったんです。エースで4番でした」

照れ臭そうに、誇らしそうにはにかみながら、噛みしめるように言葉を紡いでいく。

「県大会の準々決勝でのことです。うちも強くはなかったですが相手は、はっきり言って県大会に出れたことが不思議なチームでした。個々の能力はこっちが上で、それは私だけじゃなくてチームの皆が感じていることでした。でも、それがいけなかったんです」

聞きながら、不意に今日の試合のことが頭をよぎった。

「いつでも打てる、簡単に打ち取れる、そういった気持ちが知らず知らずのうちに顔を出していました。普段なら手を出さない球を見逃せなかったり、守備での連携がうまくいかなかったり……結局、簡単なミスで点を奪われて2点ビハインドで最終回を迎えました。その時には、もう焦りと後悔でいっぱいで、直感的に負けるなと思いました」

僕らの試合のことを言われているような気がした。立場は逆ではあるけれど、意識1つで下馬評が簡単にひっくり返ってしまう。恐ろしい話だ。

「そしてふと相手を見たとき、初めて気づいて、怖くなりました」

怖く?

「はい。1人で9人を相手にしている感じがしたんです。情けない話ですが、打てる気がしなかったですね」

笑顔を浮かべるも、表情は硬かった。

「個人ではなくて、集団で1つのアウトを取りに行く。土壇場で、格上が相手だからこそ、生まれた意識だったのかもしれません。あるいは、最初からチームとしての一体感があったのかも……」

それを聞いて、なんとなくではあるが、監督の言うチームが分かったような気がした。しかし、実感がない分、掴めたとは言い難い。

「次の試合、チームが1つになれれば何かが起きるかもしれませんよ!」

気付けば、いつもの自信に満ちた顔を取り戻していた。その顔は、きっと敗北を乗り越えた証なのだろう。

いよいよ雨が降り始めてきたので、自転車に跨り漕ぎ出そうかというところで、彼女は言った。

「先輩は、どこまでやれると思っていますか?」

すぐに理解が出来なかった。何を?チームとしてということ?

「羽柴先輩自身が、です。私の目から見て、先輩は力の7割程度を自分の力と認識しているような気がするんです」

何を馬鹿な、いつもじゃないにしても僕だって全力でやっているよ?

「私は先輩じゃないので分からないですけど、でも多分監督もそう思っていると思いますよ?だから、織田先輩とのメニューなんだと思ってます」

つまり、僕が力を出し切っていないから、織田について行くことで100%の力を出させようとしたってこと?

「そうです。まぁ、監督から聞いたわけじゃないので分かりませんが」

買いかぶりだと思うけれど……

それ以上の反論は雨によって遮られた。徐々に強くなってきた雨に濡れながら、また明日と声をかけて勢いよく自転車を走らせた。

これが全力だよ。

ペダルを精一杯踏みしめながら、僕は静かに呟いた。

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