第15話 群れを成す
「3分とか無理じゃね?」
同じことが3日続いたあたりで、ついに不満の声があがってきた。
皆、無理だろうことは分かっていた。そして、それはコーチも同じだろうと。だからこそ、期待していた。2日目になればその「種明かし」をしてくれるだろうと。
だが、一向にその気配はなく、疲労感と同じ作業の繰り返しによるストレスが溜まるだけだった。
3日目ともなれば、期待感はほとんどなくなり、どうせ同じことになるだろうという諦めと、コーチに対する敵意が剥き出しになっていた。
「でもさ、だったら何のためにさせんだろうね」
「知らね。実は何も考えてなかったりして」
「あり得る。いかにも自分出来ますみたいな雰囲気出してるけど、ぶっちゃけ大したことなさそうだしな」
「確かに」
その会話はベンチにいる全員に聞こえるくらいの音量だが、意見するものは誰もいない。
皆一様にというわけではないが、少なからず、コーチの指示に対しては懐疑的であるようだ。
かくいう僕も、ここ3日間は同じメニューを繰り返しているので、ウンザリしてきていた。長距離は苦手なのだ。
集まってきた部員たちは、徐々に、各々のペースでアップを始めた。心なしか、いつもよりダラけている気がした。
いつも通り、内野と外野の境界線となるインフィールドラインに沿って2往復し、軽く柔軟をした後、スパイクに履き替えてキャッチボールをする。ある程度、肩が温まったら、そのパートナーとペッパーを行う。
ペッパーとは、片方がボールを投げ、もう片方がそれを打ち、ワンバウンドで返すという練習だ。チームによっては、これをトスバッティングと呼んだりするらしい。
キャッチボールからペッパーに移行し始めたあたりで、コーチが姿を現した。グラウンドに挨拶をするのが基本だが、その声はどの部員よりも響いていた。
キャプテンの号令で全員がそれぞれのやっていることを中断し、帽子を取って一斉に挨拶をする。
その挨拶と同等の音量で返してくるのが新コーチの特徴だ。最初は驚いていたが、段々と慣れてきた。
コーチが姿を見せたところで、集合の合図がかかる。ベンチ前に集まりながら、この後の流れと、今日1日で味わうであろう徒労感を思い出す。
「3分は無理だと思うんすけど」
「何で無理なのかな?」
僅かだが苛立ちを含んだ発言に、朝倉コーチは笑顔で返してきた。
「何でって…物理的に無理だと思います」
「物理的か!なるほど、君は理系かな?」
「まぁ、はい、一応」
「そうか。もしかしたら、君はとても賢いのかもしれないな!」
皮肉というわけではないようだ。その声からは嫌味な感じは伝わってこなかった。
「ただ、賢過ぎるのかもしれないな。先を予測し、合理的な判断を下すが、それ故に無理が出来ない。そんな感じがするな!」
斜め上をいく発想だった。深く突っ込んでいるというか、僕らには見えていないものが見えている。年齢の違いというだけではないような、直感的にそう感じた。
「悪い、無理なのではないかという質問だったね!物理的に無理。確かに、ネットは大きくて重いから、運ぶのはもちろん、開くのも大変だ。でも、それは分かっていることだよね?」
その質問が何を意味するのか、いまいち把握することが出来なかった。
「そりゃあ、分かってますけど」
「うん、じゃあどれくらいの時間がかかるのかな?」
「えっ、時間っすか?」
「そう、時間。計ったのかい?」
「いや」
「うん。じゃあ計ってみるといい。そうすれば、順番とか作戦の立て方が変わってくるよね!」
作戦という言葉を聞いて、何となく意図が掴めたような気がした。つまり、作戦を立てなければいけないということだ。その作戦をどう立てるかが、この練習ではないか。
「話し合っていいですか?」
森先輩が聞いた。
「もちろん!むしろ、今まで何故しなかったのか不思議だったくらいだ」
こうして作戦会議が開かれた。時間内に収まるように、やるべきこと、やれることを出していく。
誰が何をするか。
1番時間がかかるのは何か。
正しい配置はどこにあるのか。
何故そこが正しいと言えるのか。
後から聞いた話によると、この打ち合わせに練習時間の半分以上を費やしていたそうだ。
方針が決まったところで、それぞれが自分の役割を果たすために動き出す。
大きいネットは重く、動かすのも開くのも時間がかかるため、そこに割く人員を最小限にする。その他のネット、ボールケースを配置させながら、手の空いたものがフォローしていく。最終的に、自分の作業を終わらせたものから大ネットに応援にいく。
結果は、時間以内に準備が終わらなかったものの、今までの中で1番無駄のない動きだったことがハッキリと分かった。
この僅かな時間で何がここまで変えたのだろうか。
「これがチームというものだよ!」
練習が終わり、グラウンドに挨拶した僕たちに嬉しそうに声をかける朝倉コーチ。
「互いが互いを支え合い、切磋琢磨し、そうやって強くなっていくものだ。今日、君達は、その一歩を踏み出したんだ!」
1人で出来ることは限られている。だから、自分が出来ないことは誰かに任せて、出来ることは、出来ない人の代わりに自分がやる。
この役割意識は、チームスポーツにおいては特に重要だと、全身を震わせながら力説していた。
少しずつ少しずつ、でも確実にチームが生まれ変わっていく。
そんな変化に期待を抱きつつも、抱えた不安を拭いきれないでいた。
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