第14話 前途多難

「遅い」

結局、目的地には僕が9分12秒遅れて到着した。

途中までは足並みを揃えていたのだが、ゆっくり走っても練習にならないと言って織田が加速し、離されてしまった。緩めているペースにもかかわらず、僕はいつもより速度を上げなければ並んで走ることさえ難しかった。

さすがにピッチャーというところだろう。いや、か。ウチのチームは、何故かピッチャーが一番練習に対して不真面目である。あるいは、不真面目な人ほどピッチャーをやりたがるのか・・・

「早いですね、先輩!」

興奮気味にそう話すのは、1年生マネージャーの生駒佳穂いこまかほちゃんだ。はつらつとした小動物系で、部員からはかわいいともっぱらの評判だった。

加えて、シフト制となっているマネージャーの中で、唯一、部活がある日の出席率が100%の働き者だ。

ただ、僕はこの子がちょっと苦手だ。

「先輩は遅いですね!長距離苦手ですか?」

遠慮がなさ過ぎる。おまけにまっすぐに言われるものだから、その分ぐさっとくる。オブラートに包むことも覚えたほうがいいと思うのだけれど。

「美味しいですよね、オブラート。小学生の時はよくボンタンアメを食べてました。先輩たちはどうでした?」

僕は、中学に上がるまで食べられないものだと思ってたな。だから包装紙が取れないとイライラしていたのを覚えている。いやそういう話じゃなくてね。

「私、回りくどいの嫌いなんです。変に伝わったり、逆に充分に伝わらなかったりするので。なので、思ったことは言います!まぁ、おかげで友達は少ないですが」

まぁ、陰で言われるよりはマシなのかな。なんだか最近、変な人ばっかりが関わってくる気がする。

「もっと速く走れるだろ。フットワークは軽いんだから」

予想外の言葉に、一瞬聞き間違いかと思ってしまった。なんだって、フットワークが軽い?僕の?

「お前、自覚してなかったのか」

はぁ~と深いため息をついた。心底呆れているようだった。

「キャッチャーの送球にはフットワークも必要だ。足の運びが悪いと力が伝わらないから送球も悪くなる。でも、お前はちゃんと投げるボールに力が伝わるような足運びが出来てる」

思わず感心してしまった。確かに、キャッチングの時に足を動かすように意識してはいたけれど、まさかスローイングにも影響していたなんて。

「よくそれで野球できますね!練習の時、何を考えているんですか?」

嫌味ではなく、心の底から不思議そうに聞いてくる。それが当たり前の環境にいたからこその発言なのかもしれない。そういえば、入部したとき、中学はソフトボール部って言っていたけれど、強豪だったのだろうか。

「いえ、県大会には行きましたが、そこまで強かったわけではなかったです。それよりも家ですね。ウチ野球一家なんですよ。野球の話ばっかりで、お父さんが強豪出身で、お兄ちゃんも今強いところでやってるんです」

なるほど、高い意識でやるのが当たり前だと思うわけだ。低い意識でやっている野球を見てさぞがっかりしたことだろう。

「もういいだろう、行くぞ」

織田が走り始めた。慌てて追いかける僕。あれ、デジャヴ?

すると、生駒ちゃんが僕に声をかけてきた。

「先輩って、自分のこと知らないんじゃないですか?」

それだけ言って、織田の隣についた。すぐさま離されていく。

帰りの道中、その言葉が僕の中で響き続けていた。


学校に到着し、2人でストレッチをした後はグラウンドに戻り、キャッチボールを始めた。他の野手陣は実践練習に向けた準備をしている。

「あと1分!」

コーチが声をかける。なんの合図なのだろう。気になって目を向けると、違和感を覚えたがその正体に気付くまでにそう時間はかからなかった。

速いのだ。そして、早い。

つまり、1分というのは制限時間のことか。何分以内に準備をしろと、そういう趣旨のものであることが理解できた。

「終わった?・・・はい、ダメ!ネットの数が足りない、ボールのかごの位置が間違ってる。やり直してー!」

ネットの数はまだしも、かごの位置って、少し細か過ぎじゃないか。

驚いた様子の僕に、隣で肩を作っていた三好が教えてくれた。なんでも、準備という練習なのだそうだ。そして、設定時間はなんと3分。普段なら10分近くかかっているであろうシートバッティングの準備を、半分以下の時間に収めろということらしい。

「3分以内に縮められれば7分の節約。練習項目が3つなら、単純計算で21分。その時間で別の練習が出来る、ってことらしい。ピッチャーやってて良かった」

時間の節約か。確かに理屈はそうなのだが、それにしても、設定した時間がシビア過ぎると思った。普段たたまれている大きめのネットを開く時間だったり、マシンの設定だったり、物理的に難しいものが多い。

コーチも見ていれば気づくだろうことである。そう考えると、別の意図がそこにあるような気がしてならない。


結局、その日は準備の準備だけで終わってしまった。

バッテリー陣が手伝いを申し出たが、即座に却下された。それよりも自分たちの準備を優先しろということだった。だが、終わってしまえば、肩を作る意味はなかった。

コーチが一体何を考えているか分からず、息切れした部員達からは、不満や怒りの声が聞こえてくるようだった。

こうして公式戦に向けた初めての練習は、大きな不安を残しただけだった。

この立ち込める暗雲が晴れることは、果たしてあるのだろうか。

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