第13話 新体制
「おい」
体を揺すられて、僕は目を覚ました。どうやら眠っていたらしい。
頭がボーっとする。ということは、昨日の背番号は夢だったのか。
「何言ってんだ?馬鹿なこと言ってねぇでさっさと履き替えろ」
目をギュッとつむり、出来る限り大きく開けたが、視界は普段の半分程度だった。
今度は立ち上がり、大きく伸びをして深呼吸をした。徐々に覚醒していき、それと同時に、こうしてスパイクからランニングシューズに履き替えているのは、紛れもない現実であることを思い出してきた。
「調子悪いのか」
ややぶっきらぼうな言い方からは、本当に心配しているのか、それとも、指示されたから形式的にやっているのかは判断に困る。
今日から大会に向けた練習が本格的に始まった。
1か月もすれば初戦が始まるため、背番号が決まってからは、選ばれた選手が中心のメニューに変わっていき、内容も今まで以上に実戦的になる。
だが、ウチの野球部には、平日に練習を見てくれる人がいなくなってしまっていた。
指揮権が無くなった元コーチの大畑は、すっかりへそを曲げてしまったようで、契約そのものを解除したらしい。
その子供じみた動機が本当かは分からないが、契約解除自体は、おそらく真実であろう。何せ、いつもなら授業が終わるころには停まっているベージュ色の軽自動車が駐車場になく、全員がそろい始め、皆のアップが終わったころにさえ姿を見せなかったからだ。
そして、くたびれた老人の代わりに、若々しい青年がユニフォーム姿でグラウンドに姿を現したのだ。
「こんにちわ!初めまして、今日から野球部のコーチをすることになった
若々しい見た目とフレッシュな雰囲気に、思わず同年代だと思ってしまった。
きょとんとする僕らの反応に、新コーチも戸惑っていた。
「あれ・・・先輩、じゃない先生だ。織田先生から何も聞いてない?」
皆が顔を見合わせる。連絡は来ていないよね、という確認のようだったが、不意に、「あっ!」という声が聞こえてきた。
「すっかり忘れてた・・・そういえば連絡が来てたんだけど、そうだ、今は俺がみんなに伝えなきゃいけなかったんだ。ごめん!」
そう言って、新キャプテンこと森光雄先輩が深々と頭を下げる。
結局、元々キャプテンだった保科先輩は背番号を与えられず、受験勉強を理由に、昨日のうちに退部を申し出た。
ただ、森先輩が後任に選ばれたことに関しては、誰も異論を唱えなかった。普段の行いを見ていれば納得の人選である。むしろ、保科先輩よりも断然キャプテンに相応しい人物だったと思う。
しかし、いくらキャプテンに選ばれたからといって昨日の今日でいきなりその務めが果たせるわけもなく、監督やコーチの指示を部員に流すということを忘れていたのだ。今までやってこなかったのだから無理からぬことである。
これには皆が納得の表情をしていた。それを見て、朝倉コーチがにっこりと笑った。
「君がキャプテンなのかな?名前は?」
「
「なるほど、光雄君か。うん、なんとなく君の人となりが分かった気がするな。まぁ、分からないことだらけだけどね。まだ全員の名前と顔が一致しないから間違って呼んでしまうこともあると思うけど勘弁ね!」
この場にいる誰よりも爽やかである。だが、
「腰抜けのことはそもそも覚えないけどね!」
思わず聞き逃してしまいそうになるほど、発言と表情が合っていなかった。
なんだって、腰抜け?
「あ、僕が言う腰抜けは、勝負において勝つ気がない人のことね。勝つ気がないってことは、そもそも勝負してないわけだから。僕はそう解釈しているよ!」
それだけで、この人があの織田監督の後輩であることを確信した。この人たちはどんな環境で野球をやってきたのだろうか。
「さて、じゃあ本題に入ろうか!もう皆アップは済んでいるかい?」
全員がうなずく。ただ、さっきまでと違い、緊張感がある。
「うん、いいことだ!でも、何も考えてないアップはアップじゃないからね。もちろん、そのことは分かっているよね!」
その笑顔の裏に、途轍もない威圧感がある。怒鳴っているだけの人のことを怖いと思ったことはないけれど、その理由がようやく分かった気がした。
「頭を使わない練習は、ハッキリ言って時間の無駄だからね!そんなことをしている暇は高校球児には存在しないよ!」
使う言葉がストレート過ぎる。まぁ、裏表がないとも言えるが・・・
「だから、練習1つ1つに対してもちゃんと意味を考えないといけないわけだよね!君たちが下手くそな理由はそこにあるよ!」
どうやら、オブラートという言葉を知らないらしい。
「まず全体練習の意味って何かな?じゃあ、はいキミ!名前は?」
「た、滝川です」
「よし、では滝川君。なんのために全体練習はするのかな?」
「え・・・っと、連携とかの確認をするため?」
「何の連携だ?」
「なんの・・・投内とかですか?」
「僕に聞かないでくれ!」
「あ、投内連携です」
「それだけなら個人練習で良くないか?」
「いやでも・・・」
「・・・うん、ということは考えなしだな!」
あれでは考えているうちにも入らないということか。これからの部活が怖くなってきたな。
「全体練習は、全員の意識や考えを共有し、1つになるために行うものだよ!」
野球もチームスポーツである以上、連帯感が非常に重要である。それは、技術的な部分だけではなく、意識の上でも非常に重要なのだそうだ。
つまり、何のために、何をすればいいのかを正しく認識し、全員が同じ目的に向かって行動すしなければならないというのだ。
「そのために必要なのは、自分の役割が何なのかを考えることだね。だから、まずは自分がどういう選手なのかを把握しないと話にならないよね!」
自己分析を自分だけで行うのは不可能。だからこそ、コミュニケーションを取ったり、他人のプレーを観察することが大切なのだと朝倉コーチは話す。
「今日から始めていこう!考えて、関わって、気づいて、ぶつかって、乗り越えて・・・強くなるためにはやるしかないよ!」
チームの士気が高まった気がした。それだけ、この人たちのいうことには力強さを感じて、しかも伝わってくる。ほんの少しだが心地よささえ感じるほどに。
「あ、勝義君と、瑞穂君。おいで!」
全体が動き始める中、僕たち2人だけが呼ばれた。どうやら別メニューらしい。
「これ、冬用のメニューだけど間違いじゃないからね」
渡された紙を見てみると、明らかに体づくり用のメニューだった。
「それともう1つ・・・」
調子が悪いというか、多分、寝不足なだけだと思う。
織田の問いに欠伸をしながら答えた。
そっちこそ、調子はどうなの。肩が痛いとかない?
「問題ない」
もう1つ、僕たちバッテリーに言い渡された指示は、お互いについて毎日10個以上質問するということだった。
何が目的なのかは分からなかったが、おそらくそれを考えることも練習のうちなのだろう。でも、正直、何を聞けばいいかさっぱり分からない。
「こんなことが何の役に立つんだよ」
舌打ち交じりに愚痴る織田。
練習には文句を言わず取り組むものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「時間がないから無駄なことしてる暇ねぇっつってたじゃん」
織田の言う通りである。
だが逆に、これは無駄なことじゃなくてやっぱり意味があるんじゃないかと、そう考えることのほうが自然のような気がした。
「やるしかない」
コーチの言葉が頭の中で響いた。
やってみれば分かってくることもあるかもしれない。
「・・・どうだか」
そんなことを話しながら、僕らは校門までたどり着いた。
「離されんなよ」
これから学校の外に出て、6km先の目的地まで走るのだ。往復で12kmの距離をこんな時期に走るのはちょっとどうかと思う。
さらに、2人のタイム差を30秒以内にしなければならないという条件付きだ。ただ、この条件に関しては、速い方が遅い方に合わせればいいだけだからあまり意味がないように思う。
敢えて出したってことは、ここにも何か狙いがありそうだ。
そのうちに、織田が走り始めた。慌ててついていく僕。
前途は多難だと、お天道様が声高に叫んでいるような気がした。
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