第12話 篩―ふるい―
背番号。
文字通り、背中に付けた番号のことだ。そして、その番号には意味がある。
高校野球においては、背負う番号がその選手のポジションを示し、また1桁の番号はレギュラーであることを意味する。
これが基本的な認識だが、高校や監督の方針によって意味合いが変わってくることがある。例えば、実力に関わらず、1番上の学年の選手は背番号を1桁にしたり、逆に、ポジションに関係なく、総合的な評価が上のものから順に番号が小さくなるといった具合に。
我がセンコー野球部に関しては、そういった特殊なものではなく、与えられた背番号の意味するところはポジションと、実力だそうだ。
しかし、実力とは言いながら、最終的な判断は監督がするものだ。つまり、その真意は、僕たち選手が知ることは出来ない。
ただ1つ確かなことは、背番号をもらえなかった選手はその大会で、応援や練習相手、つまりサポーターにならざるを得なくなるということ。そして、それが夏の大会だった場合、選ばれなかった3年生はその時点で、事実上の引退となるということだ。
「これから、夏の大会に向けて背番号を発表する」
織田監督の言葉に、全員が驚愕する。
それもそのはず。昨年は、予めいつに背番号を言い渡されるかが知らされていた。
だから心の準備をすることが出来ていたし、タイミングとしても、去年に比べると1週間早い。
突然すぎる事態に、誰も頭が追い付いておらず、反論することが出来ないでいる。
少し経ってからようやく、早過ぎるという声が聞こえてきた。
「早くはない。再来週には組み合わせの抽選会があるし、夏の初戦まで1か月ちょっとしかないからな。むしろ、今のチーム事情を考えると遅いくらいだ」
そうは言うものの、ほんの少しの練習期間とたった1回の紅白戦だけでメンバーを選べるものなのだろうか。やはり、大畑派についた人はメンバーとして認めないということなのか。
ざわつく部員達。今にも爆発しそうな雰囲気を醸し出している。
「こんな短期間で実力が測れるはずはない、って思ってるだろ。逆に聞きたいのだが、実力とは何だ?」
何と聞かれると答えに窮してしまう。
守備がうまいとか、バッティングがいいとか、そういうことなのだろうか。
「実力とは、すなわち総合力であり、その中には多くのものが存在している。野球の技術だけじゃなく、いわゆる人間性なんていうのも含まれる」
スポーツに人間性?性格の良し悪しがどう影響してくるのだろうか。
これには、僕だけじゃなく、全員が首を捻っている。
「人間性は、何も性格の話だけじゃない。例えば、コミュニケーション能力も人間性の1つだ」
確かに、野球がチームスポーツである以上、コミュニケーションは絶対に必要だ。
特に僕らキャッチャーは、ピッチャーと意思疎通が出来なければ話にならない。
他のポジションでも、例えば、牽制球のサインが出たときには、セカンドとショートの間でどちらがベースカバーに入るかを決める必要がある。
ただ、能力というには大げさな気もする。
「コミュニケーションと言うと、真っ先に会話のキャッチボールを思い浮かべる人が多いが、それでは半分だ。誰かと会話をする時、言葉だけを交わしているか?・・・違うよな。そう、相手と顔を合わせていることがほとんどのはずだ。顔を合わせるということは、目や口の動きにも注目しているものだ。同じ言葉でも、表情や言い方なんかで意味合いは変わってくる。そういったことに気付けるかどうかも能力の1つだ。そして、それは相手に対しても同じことが言える」
なるほど。コミュニケーション能力とは、感じ取る力と言い換えることもできるわけだ。例えば、攻撃側であれば、ピッチャーの状態次第で動き方は変わってくる。だから、相手とコミュニケーション能力も野球の実力に含まれるのか。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、というやつだ。こういった力は、日々の意識と積み重ねだ。そして、その根底にある考え方はあらゆる言動に表れる。だから、生活態度でもプレーの仕方はおおよその検討がつく」
鋭い目つきとその言葉に、僕はドキッとした。いや、僕だけではない。結構な人数が、顔をこわばらせたり、苦笑いをしていた。
「とまぁ、長くなってしまったが、背番号選びに関しては決して思い付きではなく、俺なりにキチンと考えた結果ということだ。不満や文句が出てくるとは思うが、まずは受け止めてほしい・・・では、発表する」
その後のことはあんまり覚えていない。友人や先輩、後輩とどういうやり取りをしたのか、どうやって家に帰ったのか、訳も分からないままに、気づけばベッドに横たわっていた。
ただ、はっきりと覚えているのは、3年生の悲嘆な表情、泣きじゃくる声、決意の後ろ姿と握ったこぶし。そして、綺麗な布切れに印字された2という数字だった。
正直言って自信がない。
僕でいいのか。僕なんかでいいのか。きちんとやれるだろうか。お前でよかったと、そう言ってもらえるだろうか。
監督の言葉を思い出すたびに首を振った。
何をどう受け止めればいい?
うつ伏せになった僕は、その背中に確かな重さを感じたまま、静かに目を閉じた。
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