第11話 向こう側
「今日の部活の時間は17時からです。時間になったら部員は全員集まってください」
全体に向けてメッセージが送られてきた。この内容を不思議に思うものは多く、様々な憶測が飛び交った。
「今後の方針とか?」
「それでしょ」
「なら別に18時からにする必要ないでしょ」
「織田派以外練習するつもりがないってことじゃね?」
「そういえば、1年4人も退部したってさ」
「いや、試合に出れないなら当たり前じゃね?」
「そのことに対する謝罪とか(笑)」
「土下座とかしたりしてな(笑)」
「この間の中間テストで悪かった人をさらすとか・・・」
「それはないだろ」
「ただの晒しものじゃん。そんなことされたらマジで辞める」
「キャプテンを2年に交代するって話もあったよな」
「何それ」
「2年なの?単純に交代じゃなくて?」
結局、昨日の退部騒動のあとは特に話し合いが行われることはなく、今後どうしていくかは不透明なままだった。
もちろん、長田達が勝手に言い出したことではあるので、元々関わっていない人が気にする必要はないけれど、このままでは2年生のまとまりが、これまで以上になくなってしまうと思った。
「別にまとまる必要はないでしょ。残りたいかそうじゃないかだけだし」
三好の言う通りではある。ただ、まとまりがないということは、チームとしては崩壊しているのと同じ状況ではないだろうか。
学年の話だけならまだいいが、それだけでとどまるとは思えない。後輩は、少なからず先輩の影響を受ける。良くも悪くもお手本になり、それを引き継ぐ場合や、反面教師とする場合もある。
だから、もしもバラバラなっている姿を見せてしまったら、後輩たちはそれを普通だと思って、自分たちの関係性がこじれることになっても修復しようとはしなくなってしまう気がする。
「でも実際、俺らの学年ってそこまでまとまってないよな。先輩達はまとまっているように見えるが」
昼休み、前田と2人でそんな話をした。
僕は購買でパンを買い、前田は持参した弁当を食べていた。それで満腹になるのかと心配されたが、正直なるはずはない。部活の途中で空腹に悩まされることになるだろう。
ただ、今は食欲がない。食べることより考えることに意識が向いてしまって、腹の虫が大人しくなっている。
「そういえば、織田は見つからなかったのか?」
そう、僕が今日購買に行った理由はもう1つ、織田を昼食に誘うことだったのだ。
昨日、監督から彼の話を聞いて考えたことは、まずは距離を縮めようということだった。
そもそも、僕は全然彼のことを知らないし、彼も僕を知らない。知らない人同士で自分のことを話せるはずはなく、協力も難しい。だから、キチンとキャッチボールをしようという作戦なのだ。
「部活の時でいいのでは?」
それはそうなのだが、野球のことになると目の色が変わるし、他人を寄せ付けない感じがするんだよね。まだ部活以外で話したことがないから分からないけど、勉強の時もずっとあんな感じじゃない・・・はず。
「願望じゃないか。俺の想像だと、教室でも1人でいるような気がしてしまうな」
ん~想像できるな。というか、ワイワイしている姿の方がイメージできない。
でも、皆と仲良くする必要はないよね。仲のいい人と一緒にいれば。多分彼も、そういう上っ面の付き合いというか、交友関係は狭く深くな気がする。
「俺らの学年はそういう人が多い気がするな。長田とかは違うけれど」
長田か・・・あいつは、典型的なお山の大将だよな。1人になるのが怖くて、他人よりも優位でいたいタイプって感じ。
実際、昨日の話も、普通大畑派の人にしか声をかけないはずなのに、僕らにも声をかけてきたわけでしね。味方が多くないと不安なんだなぁって思った。
「そういうことなのか・・・よく見てるね」
僕は、推測だけどねと付け加えて、ちらりと時計を見た。
もうすぐ昼休みが終わるので、次の授業の準備を始めた。5時間目は数学だった。
そういえば、高校に入ってから数学が苦手なってしまったけれど、その中でも、数Ⅰの集合が苦手だったことを思い出した。
放課後になった。グラウンドに向かうと、1年生から3年生まで、そのほとんどが準備なり自主練習なりをしていた。時刻は16:22。
この光景自体はいつもとそんなに変わらない。だが、グラウンドに入ったことで、どこか空気感が違うことに気が付いた。落ち着かないようで、全体的に集中力が欠けていた。それを振り払うように体を動かしているようにも見える。
原因は考えるまでもなかった。
3年生にとっては、ここで夏が終わる可能性があるから、特に緊張しているように思う。大会を前にして、実質の引退宣言をされるかもしれないと考えると確かに怖い。
上杉先輩と武田先輩、そして森先輩の3人はいつもと変わらない様子だった。
上杉先輩は、グラウンドの凹凸を入念にチェックし、きれいにならしている。武田先輩は黙々とバットを振り、森先輩はグラブを磨いている。
いつも通りといえば、織田はどこもう来ているのだろうか。そう思って周りを見渡してみたが、その姿はなかった。
もしやと思って、裏口に向かった。そこは、坂ダッシュをする際に使われる場所だ。試合前も、どうやらその坂でアップをしていたようだった。
行ってみると、汗だくになりながら坂道を駆け上がってきた。精が出るね。
「何の用」
相変わらずそっけなかった。
いや、どこにいるんだろうと思ってさ。
「あっそ」
それだけ言って、また坂を下って行った。あとを走ってついていくと、その後ろ姿に魅了されてしまった。その背中はぴんと張り、腕を締め、美しい姿で、丁寧に走っていることが一目で分かった。
同時に思い返す。坂ダッシュに文句を言いながら、ダラダラと集まり、走っている時の緩々とした部員たちを。
彼の努力している姿を見る度に、圧倒的な意識の差を痛感する。
そして、凄いなと思った。
こんなに野球に対して真摯に取り組んでいるであろう人を間近で見ることがないから、その姿は衝撃を与えてくれる。
どうして、そんなに真剣になれるの?
思わず出た言葉に気づいて、僕はハッと口を押えた。
「・・・別に、普通でしょ」
しばし何かを考えた後、素っ気なく答えた。
もしかしたら、口で説明するのが苦手なのかもしれない。
そう思って僕は、彼と一緒に走ることにした。それが、彼を知る手がかりだと感じたからだ。
呼吸を整え、一気に駆け上がって行った。
僕は負けじとそれについていく。
速い、そして力強い!
離されないようにすることが精いっぱいで、とても追いつける気はしなかった。
彼と肩を並べるにはどれだけの努力を重ねなければならないのだろう。
考えると気が遠くなってしまうけれど、不思議と不安はない。
彼の走りに魅せられながら、僕は、硬いアスファルトを踏みしめた。
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