第7話 戦のあと
「ゲーム!」
主審がコールし、両軍が並んで、挨拶を交わす。2時間23分に及ぶ戦いが終わったのだ。
最終回、厳しくコーナーを突くピッチングで1人も塁に出すことはなく、3点のリードを守りきり、ゲームセット。チーム織田に軍配が上がった。
「約束通り、俺がチームを貰います」
織田先生の言葉に、全員が耳を傾け、その様子を注視していた。
「なん…おっ…」
言葉にならない声で反論しようとする大畑コーチ。負けるはずはないと思っていたのか、それとも冗談だとでも思っていたのか、すっかり言葉を失っていた。
「覚えていますよね?それぞれの選手を率いて、勝ったものがこのチームの総指揮を取ることになると」
気になるのはもちろん監督が変わることだが、部員の処遇がどうなるかが1番だろう。
自分達が勝ったら敵対した奴は引退するまで試合に出さない。
大畑はそう言っていた。織田先生は、指揮権を貰うとは言っていたけれど、試合に出さないとは言っていなかったわけだから、試合に出れなくなるということにはならないのだろうか。
ただ、試合に出れる出れない以前に、気まずい雰囲気になってしまうことの方が不安であり、それは充分に考えられることだった。
「2チームの差は何だと思う?」
新監督が話し始めた。これが全体に向けた言葉だと気づくと、緩やかに半円が出来上がっていった。
「この試合が決まった時、当然だがチームに分かれた。最初、どういう風に分かれたか覚えてるか?」
質問の意味が分からなかったり、隣の人と相談したり、1人で考え込んだりと、反応は様々だった。そんな中、ある1人が回答した。
「レギュラーか、そうでないか、ですか」
上杉先輩だった。
チーム分けをする際、最初に選手を決めたのは大畑だった。織田監督はそれに反論することはなく、レギュラー全員を指名した後は、選手が自分の意思で、それぞれのチームに分かれていった。
そう、この時点でレギュラーはほぼ全員が大畑チームとなり、それ以外でも、その戦力さを感じて少しでも勝率の高そうなほうについたことで戦力に偏りが出た。
残ったのは、控え選手ばかりだった。
一見すると、織田チームが不利な状況のように思えたが、最終的には、それを覆す結果となった。
「そうだ。いわばレギュラー組対ベンチ組の試合になっていたわけだ。だが、そこにこそ、勝敗を左右した理由がある」
つまり、レギュラー組は、レギュラーであるから負けたということか?はっきりとは言葉にできないが、なんとなく分かったような気がする。
周囲が再びざわつき始めた。大半は頭に疑問符を浮かべているが、ごくわずかに、ほぼ確信を持った面持ちの人もいる。
「答えは簡単だ。レギュラー組は、レギュラーという位置づけに安心しきっている。つまりは慢心だ。しかも、そのレギュラーも、実力で決まっているわけではないと、俺は見ている。違うか?もちろん、中にはレギュラーに相応しいものもいるが」
レギュラーで、試合に出れることが当たり前になっているから、危機感が足りないのだと、そう話す。
「加えて、今回の試合は、負けたら試合に出れなくなるのは向こう側で、たとえ自分たちが負けても指揮官が変わるだけで大きな問題はない。だから勝てなくてもいいと、そう考えているやつもいたんじゃないか」
図星を突かれたようで、ひきつった顔が多く見られた。
「ハッキリ言おう。そういう奴を試合に出すつもりはない。それなら1,2年や他の控え選手を使う」
「え!?」
「噓でしょ!?」
驚きと不安が一気に駆け巡った。試合に出さないと明言していたのは大畑だけだったわけで、この発言は、言ってしまえば後出しなわけである。動揺するのも無理はない。声こそ聞こえてこなかったが、話が違うと心中叫んでいるようだった。
「初めからそれが分かっていれば気を引き締めてやったと?・・・それが慢心している証拠だ。いいか、本番は1度負けたら終わりなんだぞ。それなのに本気でやらない瞬間があってどうする」
徐々に強くなる語気に、再び緊張感が高まり始める。
「お前ら練習も手を抜いているだろ。試合を見ていれば分かる。普段から本番を想定していないから起こるミスが多すぎる。目に見えるプレーがすべてじゃないぞ。1つ1つの意識や思考が、結果的にプレーに反映される。その認識が全く足りていない」
誰も反論できない。要するに自覚があるのだ。嫌いな練習だから、疲れるメニューだからとおざなりにこなし、ただ練習をするための練習を積み重ねてきた結果が今である。
週に5~6回、授業が終わってグラウンドに来て、練習が始まるまでダラダラと喋りながら準備をし、ほぼルーティーンと化したメニューを淡々とこなし、その中で発見や嬉しいことがあったら儲けもの。
だから勝てない、楽しくない。
「お前らは、まだ真剣勝負というものを知らない。そしてその勝負に勝つ術も。野球の楽しさは、一瞬の攻防にこそ見出せるものだ。敵の動きに全神経を張り巡らせ、呼吸を読み、点を奪って、相手を殺す。その命のやり取りがこのスポーツの神髄だ」
楽しいとおふざけは違う。本気でやるからこそ苦しくて疲れる。それこそが、本来の楽しいの形なのだ。
「それを知り、浸透させるには時間が短過ぎる。だから、レギュラーという立場に甘んじて、勝負に全力を注げないやつを、俺は使わない」
勝つための野球。それが、織田新監督の目指すチームなのだ。
「まぁ、折角部活に入って、大会もあるんだから、思いっきりやらなきゃ損だろ。1回くらい、本気で打ち込んでみろ。そうすれば、何かが変わる。自分次第だがな」
こうして、監督は代わり、新しいチームが誕生した。
夏の大会まで、残り約1か月。
ここから、戦場ヶ原高校野球部が動き出す。
勝つために、敵を討つために、生き残るために。
ぼんやりと感じていた、何かが変わっていく予感は、もはや確信へと変わっていた。
チームのため、そして自分自身のため、僕は、僕達は、その一歩を歩き始めた。
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