第6話 勝てば官軍

6回表の攻撃は、途中交代の三好からだったが、3球目を打ち上げファーストフライ。7番の僕がライト前にヒットを放ち、続く8番の森がサードライナーに倒れるも、9番の滝川先輩が追い込まれてから粘りを見せフォアボールを選んだ。

ツーアウトながら1,2塁のチャンスで、バッターは今日調子の良い上杉先輩。前の打席も、アウトにはなったが当たりは良かった。

そして、ワンストライクから2球目のカーブを振り抜き右中間へ。割れはしなかったが、その当たりでセカンドランナーが還り、これで4点目となった。

更なる得点を期待したが、ここで上杉後輩がセーフティバントで意表を突くも、サードの

三輪先輩が素早く捌きアウトにされてしまった。

ただ今のプレーからは、なんとしても生きようという強い意志を感じた。でなければ、普通、ヘッドスライディングなんてしない。初回のバントもほとんどセーフティだったし、「いのちをだいじに」という方針に忠実に従うつもりらしい。だが、やれと言われてすぐに行動に移せるというのは、後輩ながら尊敬に値する。

さて、今度は6回裏、チーム大畑の攻撃だ。先頭バッターは、トップに返って1番の鵜飼先輩からだ。パワーは無いがコンタクトがうまい。

ここを切って勢いに乗りたかったが、初球のストレートをライト前に運ばれ、ノーアウト1塁。

ストレートを狙われている可能性を考え、2番の仁志先輩には、外角に外れる球を投げた。その反応から、ストレート待ちだったことが伺える。

ならばと思い、今度はストライクにスライダーを要求した。

その時、この試合通じて初めてランナーが動いた。完全にノーマークだった上に変化球を要求し、いとも簡単に盗塁を許してしまった。迂闊という他ない。

幸い、ストライクは取れた。あのあからさまな反応が盗塁の為の布石なら、変化球を続けるのはまずいだろうか。いや、むしろそう思わせておいて、逆にストレートを狙い打ってくるかも。

駄目だと思った。思考が急速に狭まっていく感覚を覚えたからだ。そこでタイムをかけた。こんな時こそピッチャーの力を借りに行くのだ。

「バックに任せようぜ」

僕が口を開く前に三好が言った。

「バッター勝負バッター勝負。進塁打になってもアウトに出来れば問題ないっしょ。1点とスリーアウト交換ってことで」

確かに、4点リードしているわけだから、それくらいの気持ちでいいのかもしれない。そう納得し、ランナーは気にしない方針を固めた。

1S1Bから投げたボールは、ほぼ要求通りのアウトコース低めだった。芯で捉えられるも、打球はセカンドの守備範囲内。ランナーは進まれたが、バッターは殺してワンナウト。

3番の保科先輩には、スライダーを外野に運ばれ、3塁ランナーがタッチアップし生還。1点を失ったが、これでランナー無しとなる。

4番仲島先輩をセンターライナーに打ち取り、1失点で6回の守備を終えた。

まさに一進一退の攻防。終盤になるにつれ、譲れないという気持ちが、その熱量が、確実に高まってきている。

そこで、ふと、向こうのベンチから緩んだ空気が消え去っていることに気づいた。いや、あちらだけではない。味方のベンチからも、僅かに残っていた余白のようなものが完全になくなっている。

息が詰まりそうだった。まるで密閉された箱の中に閉じ込められているようで、雑音もない。皆静かに、己の刃を研ぎ澄ましている。

かつてない程の空気を感じながら、7回、8回と進んでいった。


7回表

3番 前田 ライト前ヒット

4番 武田 レフト前ヒット

5番 三好 サードゴロ(併殺)

6番 大谷 フォアボール

7番 羽柴 三振


7回裏

5番 藤堂 センター前ヒット

6番 佐原 送りバント

7番 結城 ライト前ヒット

8番 市島 セカンドゴロ(この間に1人生還)

9番 三輪 ショートフライ


8回表

8番 森 ファーストゴロ

9番 滝川 キャッチャーフライ

1番 上杉 レフトフライ


8回裏

1番 鵜飼 ファーストライナー

2番 仁志 センター前ヒット

3番 保科 ショートゴロ(併殺)



そして、4対2で迎えた最終回。

勝っているとはいえ、その差はたった2点しかない。気を抜けば簡単に追いつかれてしまう。

野球において、後攻めは有利とされている。

その理由は、簡単に言えば「サヨナラ」があることである。

野球は9イニング、すなわち、攻撃と守備を9回繰り返すことを基本としている。

サヨナラとは、最終回に、後攻がビハインド、あるいは同点の状態から、相手より1点以上多く点を取ることである。

これがあるため、先攻はリードすると追われる立場になり、僅差であればあるほど、そのプレッシャーは大きくなっていく。

逆に、後攻はリードしていれば、追いつかれてもその後に攻撃が残るため、多少の余裕ができ、大胆に攻められる。

つまり、僕たちは今追われている状況にあるわけで、ここで点差を広げておかないと、精神的にキツくなるだろう。

幸いなことに、9回は2番からの好打順。突き放せるかどうかは上杉後輩が鍵を握っている。

向こうは、控えのピッチャーが肩を作っているが変える気配はない。つけ入るとすればそこだ。

ここまで投げてきて、球数は100を超えているはず。その影響か、制球が乱れる場面が、徐々にではあるが増えてきていた。

制球が乱れるということは、ボール球が増えるということ。ピッチャーの心理としてはストライクが欲しいが、疲れによって集中力が切れたり、体が思ったように動かず、微妙なコントロールが効かない。そうなると、コーナーを突くことが難しくなり、ストライクを取るためには甘いコースに投げざるを得なくなり、結果打たれる。

これが良くないとされるパターンの一つで、それを防止するために継投という手段がある。疲れてきた投手を交代させて、別の投手に投げさせるということだが、何を思ってか、向こうの指揮官は完投させるつもりらしい。

3年生が好きなのか、2年生が嫌いなのか、はたまたその両方なのか。

いずれにせよ、こだわりともいうべきその采配が、この勝負の命運を分けることになりそうだ。

そんなことを思案しているうちに、先頭バッターがフォアボールで出塁した。どうやら、コントロールの乱れを感じて「待ち」を選択したらしい。

ここにきてノーアウトのランナーが出たことはかなり大きい。

疲労のピークにランナーの動き、そしてバッターはクリーンナップと、神経をすり減らすには十分すぎる状況だ。ここが最後の山場だと、そう直感が告げている。

バッターである前田もそれは察しているらしく、1球目を見逃したが、これはストライク。慎重になって手が出せなかったという感じだ。

「楽に!」

チームメイトが叫んだ。明らかに動きが硬くなっているの見て、なんとかリラックスさせようとしていた。

だが、その声は届かなかったのか、三振に倒れてしまった。

すると、ネクストサークルにいた武田先輩が、すれ違いざまに軽く肩を叩いた。

俺に任せろ、ということなのだろう。その背中は、より一層大きく見えた。

そして、その打席は、1ストライク1ボールから投じられた甘く入ったボールを見逃さず、レフトの頭を超える2ベースヒットを放ち、追加点となった。無言実行というやつだ。

これで1アウトランナー2塁となった。

しかし、続く5番、6番のバッターが凡退し、結局、2塁残塁。追加点は1点止まりとなった。

大きく突き放すことはできなかったものの、それでもリードを3点に広げることが出来た。あとは、この回を凌げば僕たちの勝ちとなる。

勝てば官軍、負ければ賊軍。

果たして、僕たちは官軍となれるのか、それとも・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る