第3話 開戦

先攻 チーム織田

後攻 チーム大畑


スターティングメンバー


チーム織田

1番 上杉うえすぎ 悠太ゆうた (遊)

2番 上杉うえすぎ 悠二ゆうじ (二)

3番 前田まえだ 理央りお (三)

4番 武田たけだ はじめ (一)

5番 織田おだ 勝義かつよし (投)

6番 大谷おおたに 幸佑こうすけ (右)

7番 羽柴はしば 瑞穂みずほ (捕)

8番 もり 光雄みつお (中)

9番 滝川たきがわ 一作いっさ (左)



チーム大畑

1番 鵜飼うかい 信行のぶゆき (右)

2番 仁志にし 勇人はやと (ニ)

3番 保科ほしな 高明たかあき (捕)

4番 仲島なかしま 正毅まさき(中)

5番 藤堂とうどう 啓介けいすけ (投)

6番 佐原さはら 康弘やすひろ (左)

7番 結城ゆうき 一郎いちろう (遊)

8番 市島いちじま 晋三しんぞう (一)

9番 美輪みわ たかし (三)



✖️✖️



 試合前に交換された相手チームのスターティングオーダーを見て、いつも通りだと思った。1番から9番まで普段の試合と変わらぬメンバーがズラリと顔を揃えている。ちなみに全員3年生。

 我が部の起用基準は、今や時代遅れの年功序列。A戦は3年生、B戦は2年生で、よほどのことがない限りは下の学年が上の学年の試合に出ることはない。

 練習試合は基本的に2試合行うのだが、これでは練習試合をする意味がないと憤っている同級生を見たことがある。

 そんな彼は試合にほとんど出ていない。それなのに腐ることなく努力を続けているのは素直に凄いと思う。

 そういえば、この前は、A戦B戦という呼称にと句を言っていたな。皆、1試合目、2試合目をA戦、B戦と呼ぶことに抵抗はないようだが、なんと言うか、やはり彼は真面目なのだろう。いや、真面目というより、単にこだわりが強いだけなのかもしれない。それが良いところでもあり、融通が効かないという彼の弱点にもなっている。

 その性格故か、明るい人柄だが1人でいることも多い。今も、バットを振りながら入念にフォームチェックをしている。

 他の人も、キャッチボールやストレッチ等、常に体を動かしながら黙々と準備をしている。

 一方、チーム大畑はといえば、準備はしながらも談笑している。何故これほどまでに空気感が違っているのだろうか。

「集合!」

 考えている間に上杉先輩が号令をかけ、全員が織田先生を中心に半円状に集まる。

 そして言う、本気でりにいけ、と。

 全員の目の色が変わり、一段と空気が引き締まった。

 主審の整列の合図で、両チームが気合の入った掛け声と共にホームベース付近に向かい合う形で並んぶ。

「お願いします!!」


さあ、開戦プレイボール



✖️✖️



一回表



 相手の投球練習の間に、1番から3番までのバッター以外の選手が、ベンチ前で小さな円を作り、監督や選手が作戦を伝えて攻め方を統一する。

 我々の作戦は『いのちをだいじに』という非常にシンプルなものだった。

 言葉にすれば簡単だが、今まで聞いた中でこれほどの熱量は感じたことがない。大事にしなければ殺されそうな勢いである。

まずは、何が何でも生き残り、塁上にランナーを溜めること。勝つためには点を取らなければならないので、これは必要最低絶対条件である。塁に出ることで、そこから選択肢が広がり、攻めやすくなる。

 原点回帰。これが、真っ先に与えられたテーマだった。

 相手投手ピッチャーは、我がセンコーのエース藤堂先輩。基本は右のオーバースローだが、時折サイドからも投げる変則的な投手だ。

しかし、コントロールはそこまで良いわけではないので、先頭打者バッターにいきなり四球フォアボールということも十分あり得る。

その初球。

カキイィン、という甲高い金属音が鳴り響き、投手が投げたボールは中堅手センター前に打ち返された。

初球打ち。文字通り1球目を打ちにいくことで、早めにストライクを取って投手有利に進めていきたいという心理を利用した有効な攻め方の1つである。

 上杉先輩はフォアボールよりも、積極的に打ちにいくことを選んだらしい。

「ナイバッチ!」

 味方が歓声を上げる。これで、無死ノーアウト1塁。

 古くから、無死ノーアウト走者ランナーが出たら、送りバントで進めて、1死ワンナウト2塁というチャンスを作り出す。そして、3番・4番・5番のクリーンナップで走者を返していくことがセオリーとされている。セオリーということは、当然相手も理解している。ならば…

 2番打者である上杉後輩に投じられた球は、インコース寄りのストレートだった。

 右打者の内側、つまり3塁方向にボールを転がし、勢いよくチャージしてきた三塁手サードが2塁で走者を殺す算段だったのだろう。しかし、思惑通りにはいかず、三塁手のダッシュも虚しく、ボールは1塁方向に転がっていった。

「巧い!!」

「ナイスバント!」

その転がったボールを一塁手ファーストが捌き、1塁へ送球。ベースカバーに入っていた二塁手セカンドが捕球してバッターはアウト。これで1死2塁。

そして、得点圏に走者がいる中で3番打者の前田を迎えるという、非常に流れが良い形となっている。

 勝負において、いかにして流れを掴めるかが、そのまま勝敗に関わってくると、織田先生は言っていた。

「そのために必要なのは流れを読み違えない嗅覚だ。流れはどちらに傾いているのか、またその流れを動かすにはどうしたらいいのか、絶えず意識し、思考し続けろ」

「1つ質問なんですけど」

「いいぞ、名前は?」

「前田です」

「下の名前は?」

「理央です」

「前田理央…うん、良い名前だな。で、理央、何が聞きたい」

「流れがあると先生は仰いましたが、そんなものは本当にあるのでしょうか。そもそも、そんな曖昧なものを感じ取れるのでしょうか」

「なるほど、良い質問だ。まあ厳密に言えば、そんなものはない。あるのは、もっとハッキリしたものだ。流れっていうから分かりづらいのかもな。空気と言い換えてみようか。イメージ出来るか」

「なんとなく……」

「うん。じゃあ、例えば、入試の時はどうだった?なんとなく息苦しくなかったか?担任の先生が大激怒した教室は、誰も何も言えないほど張り詰めていなかったか?」

「…言われてみれば」

「そう。つまり、流れというのは空気の流れのことだ。空気が悪いとどうなるか……答えは単純、息がし辛くなる。焦りや不安で酸素が足りなくなり、その状態では体は硬くなり、動きがぎこちなくなる。そして、それは周りに伝染する。伝播し、それに引っ張られてプレーにミスが出る…これが、悪い流れの正体だ。思い返してみてどうだ?心当たりはあるはずだ」

その言葉に、ほぼ全員が納得したようであった。

リズムが良いということは、空気の流れが良いということ。

 ここで得点出来れば、その勢いのまま守備に入れる。

 ということは、ここが1つの勝負どころか。

 それを察してなのか、単純に試合に出ることが久しぶりだからなのか、前田はかなり集中している様子だ。期待が持てる。

 守備の方は…内野も外野もほぼ定位置。1点よりも長打を警戒してるってことか。

「1ワンナウト!ここ抑えるぞ!」

「しゃああ!」

「さぁこい!」

「いったれいったれ!」

 捕手キャッチャーの掛け声を合図に、全員が盛り上がる。なるほど…

 投手がセットに入り、走者がリードを取る。2つ程間を置いて、2塁に牽制球を投げる。

「ナイス牽制!」

  盗塁はないと思いつつ、とりあえずの牽制。これで走者のリードを少しでも小さくしようということだろう。

 そして、打者への1球目は、

「ボール」

 アウトコースに外れて1ボール。右方向に打たせない配球か?

 ちなみに、野球における右方向・左方向はホームベースから外野を向いた時の右・左である。初心者に分かりにくい言葉の1つだ。控え投手の三好は、今でもたまに分からなくなると言っていた。

「ボールツー」

「楽に!」

 これで0S2Bノーストライクツーボール。打たせろという声がかけられる。打者にとっては有利なカウントだが、戦うだけが選択肢ではない。

「ボールスリー」

 下手に勝負して打たれるくらいなら…

四球フォアボール

 こうして歩かせるのもあり。1死1,2塁ではあるが、後ろの塁に余裕がない、いわゆる詰まっている状態で、併殺ゲッツーが狙いやすい。

 こうなると、良い流れが断ち切れるどころか、下手をすれば相手を勢いづかせることにもなりかねない。攻撃側にもプレッシャーがかかる場面だ。だからこそ、こういう人が4番に居てくれると心強い。

先輩を知る者であれば、自然とそう考えてしまうのだろう。ベンチ内から気の抜けた声が聞こえてきた。

「武田先輩なら大丈夫でしょ」

 直後、僕達は思い出した。織田先生の言っていたことを、そして、今が戦いの最中であることを

「何がだ?何が大丈夫なんだ?」

「あの……いえ、あ、はい……えっと」

「まだ誰も、1人の走者も帰ってきてない状態のどこが大丈夫なんだ?いや、仮に1人や2人帰ってきていたとしても、戦いが終わってないこの状況で、安心できることは何一つねぇぞ」

「はい、すみません…」

「他の者もいいな。戦いの最中に緩んだ空気を出すな。相手につけ込まれるぞ」

 凄まじい迫力だった。一瞬で緩みかけていた場の空気が張り詰めた。今までの練習試合を思い返しても、こんなことは一度もない。

 というか、生徒の胸ぐら掴むとか、今のご時世に体罰とか怖くないのかな。

 ともあれ、いくら心強くても、皮算用はすべきではないということらしい。

 安心、慢心、気の緩み。そこを責められたら動揺は必至。その焦りから必要以上の緊張、そしてミスが連鎖し、悪循環が生まれるというわけか。

だが、どうやら、今のところその心配はいらないようである。

1S2B《ワンストライクツーボール》から武田先輩が捉えた打球は左中間を真っ二つに割った。長打コース。中堅手センターが捕球し、ボールは中継の遊撃手ショートへ。その間に2塁走者はホームへ生還し、1塁走者も3塁へ。そして、打者走者バッターランナーも二塁へ到達。

 これで、1点先制し、尚も1死2,3塁。打者は、5番の織田君。

 こいつのバッティングは見たことがないけれど、5番ってことは打力はあるってことだろう。果たして…

 と、ここで相手チームはタイムを取った。内野陣がマウンドへ集まる。

 野手が2人以上で投手のところに集まれるのは3回までという制限があることを考えると、流れは今、こちら側に来ていると思って間違いないだろう。良い流れのうちに少しでも点は多く取っておきたい。

おっと、僕もそろそろ準備しないと。織田君が出塁すれば、7番打者の僕がネクストサークルに入らないといけない。ただしその時は、捕手の防具の足の部分を付けたままになるけれど。

「プレイ!」

 サイン交換し、選んだ1球目はストライク。変化球…カーブかな。慎重な入り。

 理想は内野フライか三振。内野ゴロだと、当たり次第で3塁ランナーが還れる。それを防ぐために、内野はベースと同じくらいか、それより少し前に出る中間守備を敷いている。


──さて、何を投げるか……

──2球続けて緩い球、さっきより高い

──打った!外野……越えない、けど飛距離は充分。


 織田君が打ったのは2球目の緩いカーブだった。高々と舞い上がった打球は左翼手レフトのやや後方。少し下がって、すぐに捕球体勢に入る。走者はベースに着き、野手が捕球するのと同時にスタートを切り、無事本塁生還。2塁走者はそのままだけど、これで2点差。

2ツーアウト2塁の状態で6番大谷だったが、2S1Bからインコースのまっすぐを引っ掛けて二塁手ゴロ。

 これで3スリーアウトとなり、攻守交代となる。

 うん、良い流れだ。でも、まだ。点を取った後は取られやすくなると言うけれど、つまりそれは空気の緩みが原因ということだ。

 ……だからなのか。僕はようやく理解した。

 そして、今までなんとなく叫んでいたその言葉に、生まれて初めて心を込めて、意味を与える。どれだけの人がこれを本気で言えるのだろうか。

『捕手は、グラウンドにおける監督である』なんてことを、僕は大袈裟だと思っていたけれど、今日この時からは、その役割を担うことにした。

 なにせここから、27人きっちり殺さないといけないのだから、現場の指揮官は絶対に必要だ。

 投手が投球練習の7球を投げ終え、捕手が二塁へ送球。そのボールを三塁手、遊撃手、二塁手、一塁手と回し、最後は投手へ。


 準備は万端、覚悟はいいか?

 僕はすぅっと息を吸い、こう叫んだ。



「締まっていこうぜ!」

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