第20話 交流夜会 3

 

 冗談ではなく、胃が痛い。

 今のエルマ皇女、ハルスに一目惚れだと?

 確かに歳は近い。

 体が自然にガタガタぶるぶる震える。ハルスを振り返ると背中をさすられた。優しい。いい子。


「…………」


 ちら、と俺たちがエルマ皇女たちの方を見ると、エルマ皇女もハルスを見ていたらしくて「きゃっ」と顔を背けられる。

 まじで?

 ミリーがケーキを皿に取り分け、エルマ皇女に手渡す。

 それを一口食べて、幸せそうな顔をするエルマ皇女。

 俺たちを散々悩ませてきた帝国の次期女帝は、実に普通の女の子らしい。


「あ、なあなあ、その肩のカワイイのは魔物なのか? わらわも飼いたい!」


 ケーキで気を取り直したのか、エルマ皇女がフォリアの肩にいるアリス様を指差す。

 今回の交流夜会にアリス様を出したのは、アグラストとエルマ皇女の反応を見るためでもある。

 思いも寄らない別種の案件が出て戸惑ったが、これの反応によってフォリアが聖女になるか否かが決まるのだ。

 俺は正直まだ不安だ。

 フォリアが「大丈夫だ!」と言うから信じたけど……。

 さて、どんな反応になるだろう?


「これは聖獣だぞ! 世界にアリスしかいないんだ!」

「えっ」

「聖獣!? 伝説の聖獣か!? エーヴァスには聖樹があって聖獣もいるって聞いてたけど、本当にいるんだな!?」

「そうだぞ!」


 ミリーは思っていた通りの反応なのだが、エルマ皇女は思ってた反応ではなかった。

 いや、彼女の登場からこれまでの印象だと予想通りではあるのだが、国としてはどうなんだあれ。


「ば、ばかな……聖獣、だと……!? ど、どういうことだリットっ」

「言葉通り、フォリアが聖樹に宿っていた聖獣アリスに認められたんだよ。まだ聖女の力までは得ていないがな」

「っ!」


 エルマ皇女の従者たちも目つきが変わった。

 フォリアのことは、なにがなんでも守る。

 でも、本当にこれでよかったのだろうか。

 必要とあらば、誰も手出しできないように今、この場で聖獣アリスと契約してもらうこともやぶさかではない。

 出方次第だ。

 どうする、アグラスト。


「フォリアが……」

「今更返せとは言わないよな? フォリアのこと」

「そ、それは……」

「まあ、フォリアの実家の状況も状況だ。今更返せと言われても、返す気はないけど」

「……? 実家? フォリアの実家がどうしたんだ?」

「え?」

「?」


 あれ? もしかしてアグラストは知らないのか? フォリアの実家の事情……。

 まさか、と思いつつフォリアから聞いていたグランデ辺境伯家の話をすると——。


「は? なんだそれは。どこの侯爵家の者だ? 帰ったら調べて適切に処理する」

「お、おう……?」


 ものすこいブチギレ……?

 マジで知らなかったのか?


「そもそもフォリアの家は辺境伯だぞ。王家以外の貴族が辺境伯の内情に関わってよいはずがない。俺が言っても、説得力ないかもしれないけどな!」

「うん……」


 悪いけどな。

 でもアグラスト、それは自覚あるんだ。

 まあ、自覚ないよりはいいと思う。うん。

 ただキメ顔で言うな、とは思う。


「で、肝心の帝国は……」


 ちらりと女性陣の方を見ると、エルマ皇女が「聖獣すげー!」とはしゃいでいる。

 エルマ皇女の従者たちの方を改めて見てみるとダメだあれ、諦め顔になってらぁ。


「ではフォリアは聖女になるのか!?」

「うーん! わからん!」

「わからんのか!」


 と、エルマ皇女がズバァって聞いちゃってるし。

 これは諦めた顔にもなる。

 政治的な駆け引きとかそういうの苦手すぎないか?

 おかげでミリーが「どうしたらいいのですか、これは。どうしたらいいのですか?」って半泣きになっている。

 だよな、わかる。

 俺も政治的な駆け引きとか腹の探り合いはとても苦手だが、あそこまで大っぴらになにも隠されずに話が進むと別な意味で胃が痛い。

 貴族社会の足の引っ張り合いや面の皮の分厚さ、言葉巧みに誘導するとか、そういうのに慣れた教養の高いミリーにはあの二人のあっけらかんとした言動は理解し難いものだし、処理が追いつかないのだろう。

 可哀想なことになってる。


「私はリットの妻になったから、リットとこの国の民が望むなら聖女にもなる。でも、望まれないならならない!」


 と、きっぱり言い放つフォリア。

 彼女は一貫して、その主張を譲らない。

 それがフォリア自身の望みでもあるからだ。

 口許がどうにも緩むのは仕方ないだろう。


「最初は少し、苛立ったし……不安だったが……アグラスト、お前が花嫁交換を申し出てくれてよかったよ」

「……リット……」


 正直に、心から。

 俺はフォリアがこの国に嫁いできてくれて、ほんとよかったと思ってる。

 あの子だから……よかった。


「聖女になればいいではないか! 帝国も聖女がいたほうが邪樹の森が小さくなるし、魔物も減るから助かるぞ!」

「そうなのか?」

「そうだ! それに聖獣がカワイイしな!」

「うん! アリスは可愛いな!」


 ……でも困ったことに帝国次期女帝の腹の中がふわふわしてて決めかねるな。

 大丈夫か帝国。

 どうなるんだ帝国。

 考えてたのと別な方向で恐ろしくて胃が痛くなってきた。

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