11話 君の住む町へ

 ちょっと早まった気がしないでもないが、人生は決断の連続、迷った時こそ、エイヤッ!と行かねば。

 劇的な大逆転、これで晴れて婚約者となった美和と、しばらくは楽しくも充実した日々を過ごせると思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。


「豪くん、私、どうしよう」

 美和が泣きながら電話をしてきた。

 僕との伊豆旅行の後で落ち込んでいる時に、親に強引に進められたとかで、美和が見合いをしていた。今時見合い?と思わなくもなかったが、彼女の住む地域ではよくあることらしい。そのお相手というのが美和のことをいたく気に入り、結婚前提でお付き合いをしたいと言ってきたそうだ。 

 当然美和は「決まった人がいる」とお断りをしたが、相手はそれを聞いて「話が違う」と逆上し、その決まった人とやらに会わろと言っているらしい。


 それに加えて、どうやら美和を妊娠させてしまったようだ。心当たりはと言われれば、もちろんあの一夜しかない。

 事前の用意もなく入ってしまったラブホテルの部屋には、例によって避妊具の備え付けが二個しかなかった。しかし二人の愛の行為はそれでは収まらずに三回戦に突入、膣外射精しようとしたその瞬間に、同時に絶頂を迎えた美和の例のボディシザーズに、なすすべなくそのまま中に出してしまったのだ。

 さすがに三回目なので、量も少なくて大丈夫だろうと思ったのだが、どっこい元気な僕のオタマジャクシは、寡兵をものともせず彼女の卵子を射止めてしまったようだ。

 彼女は母親に事の次第を打ち明けたそうだ。同様した母はそれをそのまま父親に報告、見合いの一件で顔をつぶされた上に、それに加えて妊娠と来ては、彼女の父親が激怒したというのも無理からぬことだ。


 電話の向こうで進退窮まって取り乱す美和に、僕は、何とかするから安心するようにと告げた。そして心の中で「よっしゃぁ!」と叫んだ。

 無理難題は望むところだ。彼女の心にわだかまる十年前の出来事を上書き消去して余りある事件が、わざわざ起きてくれたのだ。これは、もう、災い転じて福とする絶好のチャンスだ。

 

 早速その週末に池袋発の特急電車に乗り、彼女の元へ向かった。車窓から見える景色が、住宅が密集した都会の街並みから、徐々に緑が多い郊外のものに移り変わっていく。

 緑豊かな彼女の住む町、そうだ、僕は、美和にとって、彼女のふるさとのあの森のような男になろう。静かで、大きな木がたくさん生えた森だ。彼女が世間に疲れて休みたいと思ったり、落ち込んだりした時、枝をいっぱいに伸ばして夏の強い日差しを遮り、金色の木もれ陽をきらめかせて、その下で彼女が安心して散歩したり、切り株に腰を下ろして汗を拭いたり、優しい気持ちになって花を摘んだり、笑ったり、歌ったりできるような、そんなのびやかで、力強く、抱擁力のある、森のような男になるのだ。

 

 そんなたわいもない決意を胸に、僕は、山肌を紅葉が赤く染め始めた彼女の住む街に、意気揚々と降り立った。

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