12話 君の住む町へ(美和バージョン)

 プロポーズまでしてくれるなんて、奇襲は私の予想もはるかに上回る戦果を挙げた。昔二人でお参りした東郷神社のご祭神、東郷平八郎元帥がバルチック艦隊を打ち破った対馬沖海戦並みの完全勝利だ。


 それにしても、豪くんは、良く私を許してくれたものだ。

 十年前のあの一夜のことは、豪くんの同意の上のこととは言い難い。特に、紗理奈はともかく、私とのことは準強姦罪と言われてもあながち間違いではない。しかも輪姦である。さらに、彼女になってもその事実を隠し続けた確信犯なのだ。

 やはり、自分に自信がある人って、めったなことでは傷ついたり、他人に対して腹を立てたりしないものなのかな。それとも、私の身体が、過去の私の罪を補って余りあるくらい良かったのかも、なんちゃって。

 でもここは、相手が豪くんであったことに、心の底から感謝するところだろう。


 さて、過去の過ちをすべてを不問にしてプロポーズしてくれた豪くんの寛大さのおかげで、ようやく充実した日々が訪れると思われた二人の関係だが、ダメな私はまたやらかしてしまった。

 件の伊豆旅行の後、落ち込む私に、職場の先輩が「いい人がいるので紹介してあげる」と言ってくれた。私は、豪くんに完全にフラれてしまった時の保険になれば思ってとその人と会った。豪くんとは真逆の中背・小太りで、私はひそかに彼を「豚まん」さんと名付けた。正直全くときめかなかったけど、話してみるといい人っぽいので、その後誘われるままに三度ほどデートをした。これがとことん裏目に出てしまった。

 

 豪くんとは違ってデートでは指一本私に触れなかった彼だが、いたく私を気に入ってくれたようで、豪くんのプロポーズと時を前後して、結婚を前提にお付き合いをということになってしまった。

 二股をかけていたことは伏せて「断りたい」と先輩に相談すると、「私は紹介しただけ。大人同士なのだから自分で解決して」と言われてしまった。まあ、それも当然だろう。

「好きな人がいるので、ごめんなさい」

 仕方なく当人に電話で謝ると、豚まんさんは態度を豹変させた。

「嘘だ。そんなこと、今まで一度も聞いていない。当人に会わないと信用できない」  

 時が解決するかもとしばし放置したが、これがまた逆効果だった。

「そいつに会わせろ」のメールが頻繁に来るようになった。さらに放置すると行為は徐々にエスカレート、このままだとより悪質なストーカーに変貌する可能性さえ見せ始めた。

 職場の先輩の紹介の上に、今回の件はどう考えても私に落ち度があるので、警察に通報するわけにもいかない。


 そこへもってきて、予定日になっても生理が来ない。あわてて検査キットを購入し検査したところ「陽性!」 思い当たることは、ある。あの新宿の夜の三回目だ。

 二股トラブルと妊娠のダブルパンチである。母親にすべてを告白したところ、母も大いに動揺し、それをそのまま父に伝えてしまった。当然父は激怒、すぐに娘をキズモノにした男をここに呼べということになった。

 二進も三進も行かなくなった私は、泣きながら豪くんに電話を架けた。


 そこからの豪くんの活躍は、私の想像をはるかに上回って、見事としか言いようがなかった。


 豪くんと駅で待ち合わせて、まず駅近くのカラオケボックスで豚まんさんと対峙してもらった。私を男二人が取り合っていると思うと、私は不謹慎にも少しだけ誇らしい気分になった。

 動物の雄二頭が雌を取り合うとき、ものをいうのはまず力だ。長身で、着こなしたスーツの上からも筋肉質であることがわかる豪くんに、小太り中背で、おそらくは腕っぷしも強くない豚まんさんは、あきらかにひるんだ様子を見せた。

 

 すかさず豪くんが言い放つ。

「僕と美和は、美和が高二の時に処女と童貞で結ばれた、赤い糸でつながれた運命の二人である」

 私は処女ではなかったし、豪くんも同日立て続けではあったが私は二人目だ、と思ったが、もちろん私は突っ込まずに黙ってうつ向いていた。

「彼女のことなら、左胸のほくろから、奥の襞一本一本まで全部知っている」

 これも、ほくろはともかく、奥の襞までは多分未だ見られていないと思う。豪くんは、さらっと話を盛るのが実にうまい。

「これでも納得いかぬと言うのなら、飯能河原に場所を移してとことん話すといたそうか」

 なぜか江戸時代の人っぽいことば使いになった豪くんがたたみかけると、勝ち目がないと悟った豚まんさんは、あっさり戦意を喪失した。豪くんは、すかさずダメ押しをするのも忘れなかった。

「SNS等での狼藉も決して許さぬゆえ、しかと心得よ」

 

 豚まんさんは、小声で私にサノバビッチ的な捨て台詞を投げつけると、逃げるように席を立った。

「豚まんさん、ごめんなさい」私は心の中で手を合わせた。

 それ以降、豚まんさんは私の前から完全に姿を消し、二度と現れることはなかった。


 

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