第6話 成長
初めてクイと追いかけっこをした次の日は、筋肉痛も完治せず、タイチは村の中を散歩していた。
晴れた日の散歩は心が晴れる。村人たちは原則畑仕事や酪農など、生産者として働いているとサトルが言っていた。
タイチがいつも食べてる食事も、彼らが作っているものだ。
広がる田畑を横目に暫く進むとその先には、酪農地帯が見えて来て、酪農特有の匂いが漂ってくる。
いくつかある小屋の中を覗くと黒い牛が繋がれている。牛舎のようだ。
その奥にはホルスタインが繋がれ、更に奥には豚小屋が並んでいた。
更に進むと鶏が放し飼いにされている。
その奥には広い屋敷のような物が建っていて、人の話のようなものが聞こえる。
誰かいるのかと思い、屋敷に近づくとそこにはたくさんの人が寝ていた。
「なっ、」
思わず声が漏れる。
そして、マイクロバスに乗せられていた人々のことを思い出す。
ここが、敵地っということを思い出させる。
しかし、近づいても誰も気付いてくれない。
話しているよう聞こえた声も、ただのおぼつかない独り言で、会話をしている人は誰一人いない。
クイの言葉が思い出される。
カリヤド、すなわち借宿。
一気に恐怖が背中から這い上がり、思わずゼンを起動させる。
うつるのか?
いや、だとしたらもう手遅れだろう。
二泊しっかりしているのでうつるのならすでに感染しているだろう。
冷静になれ。
呼吸を、整えて頭を落ち着かせる。
浮かれていたが、確かに自分の安全が保証されているわけではない。
とはいえ、すぐに殺されたりする感じはしない。
自分を生かすメリットが、彼らにもあるはずだ。
やはり地下都市の人間についての情報だろうか。
どうする、逃げるか?
どうやって逃げる?
車?
トラック?
バス?
いや、だめだ。
エンジンかけている間につかまってしまう。
気づかれないように実行するしかない。
「たいち」
「!!」
瞬間、つい反射的に後ろへ飛び跳ねる。
クイの声だ。
「どうしたのタイチ、また追いかけっこ?」
クイもほぼ同時に飛び跳ねている。
しかもほとんど同じスピードで、だ。
飛び跳ねた瞬間に相手のスピードを計算してほとんど差もなく飛び跳ねないと出来ない芸当だ。
だめだ。
もうどうにもしてくれ。
っていうか、どうして欲しいんだ?
もはやそこまであきらめると、逆に、苛立って来た。
「やってやろうじゃないか追いかけっこ」
クイは嬉しそうに着地した途端ピョンッと逆方向へ飛び跳ねると
「よーい、どん!」
といってゆっくり走り出した。しかも、こちらを見てニヤニヤしている。
こいつ、舐めてやがる。
再び15分弄ばれて気絶した。
目が覚めるとまた布団の上だった。
考えてみればこんな敵地で、二回も気絶している阿呆などどこにもいないだろう。
今日もいい天気だ。
昨日までの考えが馬鹿らしく思えてくる。と、何かが肘にあたる。
「ん?」
これは。もしかして
「おはよう、タイチ」
またしてもクイが布団に入っている。まずい、まずいまずいまずい。
考えているうちに
廊下から足跡が聞こえる。
「タイチ、入るぞ」
シナコの声。
腹への強烈なブローを喰らう。
もはや、わざとだよね?
そう言いたい気持ちをぐっと押さえてお腹をさする。
「タイチ大丈夫?」
「お前のせえじゃねえか!」
ついつい、怒鳴る声に笑うクイと違ってシナコは冷たい視線を送る。
ちきしょう!強くなってやる!いっぱい飯食っていっぱい鍛えてやる。うまい飯がただで食えるんだ。もう開きなおるしかない。
飯を食っているとサトルが話しかけてくる
「今日はなんか、鬼気迫るねぇ」
「はい、俺鍛えるって決めたんです」
ご飯を食べながら答える。
「ほう」
サトルが楽しそうにこちらを眺める
「きみ、追いかけっこの時雰囲気少し変わるよね?」
ゼンのことか。そう思いながら箸を止める。
「はい、能力を解放します」
あまりゼンのことは話したくない。が、中途半端な嘘はどうせ見抜かれるだろう。
「しばらくそれ、解放したまんまにできないの?」
確かに地下都市では食料不足で栄養が足りなくなって使っていなかったが、これだけ食べられるのならもっと使えるだろう。
「きっとそうしたほうが良いと思うよ」
つい黙っていると、サトルはそう言って細い目をさらに細くして笑った。
それから二週間、ゼンの中からトレーニングのデータを取り出すと、ゼンの能力解放をしたまま、筋力や瞬発、持久力などなトレーニングを繰り返しては飯を食い、休息もしっかりとった。
ありがたいことにサトル達は全面的に協力してくれるかわりに効果的なトレーニングなどの知識を教えることになった。
たまにやるクイとの追いかけっこの結果はさほど変わらず、その度シナコは嬉しそうに笑った。
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