第3話 移動

 ごん、と頭をぶつけ目を覚ますと、空が流れていた。

 日は暮れ始めている。

 そして痛みが全身を走った。

 どうやら死ななかったらしい。


 ガタガタと身体をゆすられながら空が流れている状況から、捕まって軽トラの荷台に乗せられているのだとタイチは認識した。少女はどうしたのだろうか。捕まったのだろうか。

 少女のことを考えていると激しい揺れで再び頭をごん、とぶつける。


 「おきた?」


 その声と同時に少女の顔のどアップでタイチは三度頭をぶつける。しかも今回が一番激しい。


「無事だったのか」


 何とか身体を起こしてそう聞く。これ以上大事な頭をぶつける訳にはいかない。


「うん、捕まっちゃった」


 彼女は笑顔でそう答える。


「だってお兄ちゃん、逃げるとか言ってすぐ捕まっちゃうんだもん」


 返す言葉がない。


「起きたか」


 声のほうを向くと例のいかついタンクトップが荷台の端っこの方に座っている。


「おまえ」


 そう言って立ち向かおうとすると


「ね、この人面白いでしょ」


 とタンクトップに少女が語りかけた。おっさんはそうだな、と言って笑った。


「ねえ、私はクイ、この大きい人はタモツって言うの、お兄ちゃんは?」


 タモツとはあのガタイと顔の割りになんとも穏やかな名前だ。というより、そうか、なんとなくそうかなと思っていてけれど、やっぱりお仲間だったんですね。だったら早く言ってくれれば、いや、言ってもらっていても現状は変わらなかったか。


「ねえ、なまえ」


「タイチ」


 催促されて素直にそう答える。


「そっか、タイチか、よろしく。あ、あと運転しているのがシナコ」


 小窓から運転席を覗くと、運転席の女の子はちらりとこちらを見た。ボブカットの子だった。


 後ろにはマイクロバスが後をつけている。その中には人間が何人も入っているが、皆おとなしく座っている。


「後ろのバスに乗っているガツオとナガイは後で紹介するね」


 少女はそう言って無邪気そうに笑う。


「ああ、よろしく」


 あまりにも無邪気な笑顔になんだか拍子抜けしそうになるがちょっと待て、実はまずい状況なのではないだろうか、いや、きっとまずいだろう。


 冷静に考えてみよう。


 昼過ぎにアパートが襲撃され、今はもう日が暮れ始めてているということはもう四時間以上は車を走らせている。そして今走っているのは舗装されていない道で、周りはうっそうとした木々で囲まれている。おそらく山の中だろう。もうすぐ日も暮れ真っ暗になる。

 拘束されていないとはいえ、いかついタンクトップ男、タモツと言ったか、彼から逃れることはできないだろうし、この少女クイもグルだ。運転席にも後ろのバスにも仲間がいるのだからまず間違いない。

 仮に逃げられたとしてこの山を抜けて生活圏までたどり着くことも難しい。


 あれ、詰んでるな。


 とにかくあの場で殺されず生かされていると言うことはなにかしら意味があるのかもしれない。

 つまり死ぬことはないのかもしれない。そう考えると彼らの目的はなんだろうか、もしかしたらガルネからの開放運動をしている人たちなのかもしれない。だったら助かる。

 ここは正直に聞いてみるしかない。


「ねえ、君たちは何で人をさらうの?」


 一番聞きやすそうなクイに話しかける。もっとも子供は知らないかもしれないが。

 タモツにいきなり質問する勇気はなかった。 


「カリヤドだよ」


 カリヤド?カリヤドって何だ?

 黙っているとクイが話を続ける。


「私たちは人間の身体を借りてるんだ。返さないんだけど」


 クイはそう言うと楽しそうに笑う。

 そこでタモツが補足をする。


「俺たちはお前達で言う細菌のようなものなんだ。この人間の身体をカリヤドにして増加し、ある程度まで増加したら新しい身体に一部を移すんだ。そうやって俺たちは増加している。まあ、お前はクイに気に入られているからとりあえずカリヤドにはならないがな」


 そう言ってタモツは笑ったが、全くもって笑えん。

 カリヤドとは借宿だったのか。確かにある意味開放運動だが、人間からも解放させてしまうとは笑えない冗談だ。ただ自分がひとまず安全そうなことには胸をなでおろす。

 この少女のおかげで命拾いしたのかもしれない。だが、とりあえずということはこのクイの機嫌を損ねたらいつカリヤドにされてもおかしくないと言うことなのだろうか。


 仲良くしなければ。


 そして気に入られているうちに逃げる方法を考えなければ。


 「お前こそ何者なんだ?人間はみな大人しく捕まるのに、逃げたやつなんて初めてだ。ましてや一発入れられたなんて未だに信じられん、まあ、それは村に着いてから仲間と共に聞かせてもらおう、もうすぐ村に着く」


 そこまで聞いたところで下り坂になると少し進んだところに小さな橋があり、そこを超えた所には民家がいくつもあった。その民家には光が灯っていた。川は村を横断するように流れ、田畑はおろかビニルハウスもあり、遠くには牧場のようなものも見える。

 割と大きな村が山奥とはいえこんなに堂々とあるとは思わなかった。

 そしてこの村を人間でもガルネでもない者が支配しているということに驚いた。

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