第2話 襲撃

 再度外を覗いていると声が聞こえた。


「ねえねえ、にげるの?」


「ああ、ちょっと大変なことになってね」


 あれ?いま俺、誰と会話したんだ?


「じゃあ、わたしも」


 振り返ると例の美少女がいた。最初にブロック塀の上で歌っていた子だ。


 いつの間に部屋に入ったんだ?


 そう思いながら玄関を見ると、玄関の扉が開いている。

 鍵を閉め忘れただろうか、あまりの犯罪のなさにやはり油断していたのかもしれない。


 彼女の知り合いか何かを探し、そいつを起こして一緒に逃げるには時間がない。せめてこの子だけでも逃さなければ。大昔の映画で美少女と逃避行する映画があったのを思い出す。主人公はヒットマンだっただろうか。

 美少女との逃避行も悪くないかもしれない。

 きっと知り合いを訪ねたが、起きなかったのか既に囚われているかのどちらかで、助けを求めにきたに違いない。


 だったら急がなくてはならない。一人なら何とでもなりそうだが、少女込みなら難易度が相当上がる。


「よし、じゃあ急ぐぞ! とりあえずブロック塀を越えて裏の家のほうへむかうぞ、行けるか?」


「わかった」


 少女はそう言ってすぐ外に出るとブロック塀に飛び乗り、そのまま素早く裏の家の庭に飛び降りた。


 あら、身軽なことで。


 タイチは驚きながらも後を追う。


 少女の待つ庭に降り立つと


「よし、じゃあ今度は次のブロック塀だ」


「わかった」


 そう言って少女は再び素早く庭を駆けるとさらに隣の家のブロック塀に飛び乗った。

 うむ、身体能力が半端ない。地上の人間はみんなこうなのだろうか。


 少女を追いかけようと思った瞬間、後ろで物音がした。

 振り返るとあのいかついタンクトップ男がブロック塀の上に立っている。


 タイチは急いで少女の方へ向かおうとする。

 が、いかつい男はブロック塀を蹴るとこちらにロケットのように飛んで来た。

 四メートルほどあった距離はたった一度の跳躍でつめられた。そしてタイチの前にその男は立ちはだかった。


「おっさん、やけに身軽いっすね」


 そう言うとおっさんは一瞬だけ口角を上げる。

 タイチは、脳内チップのゼンを起動させる。一瞬頭を締め付けられるような圧迫感を感じたかと思うと、すっと脳内は澄んでいき、周りの動きが少しずつゆっくりになる。

 ゼンを起動させ身体能力は上げると、脳内は活性化され全ての動きはスローに見える。

 目の前にはいかつい男がいて、少女は一つ向こうのブロック塀の上でこちらの様子を見ている。早くこのおっさんを倒して逃げなければ。美少女と共に!


 そう思った瞬間、そいつが拳を握るのが見えた。そのまま下から降りあげるボディブローをぎりぎりでかわすと、その勢いのまま身体を回転させ肘打ちをかます。さらに追い討ちをかけようとした拳を握りしめた瞬間、すごい勢いで背中が引っ張られる。そのまま投げ飛ばされ、ブロック塀にたたきつけられていた。


 「ぐわ」


 そんな情けない声が漏れ、全身にしびれたような痛みが走り出す。 

 なんとかわずかに受身をとったが身体が言うことをきかない。

 いつの間に捕まれたんだ?肘打ちは効かなかったのか?そんな馬鹿な、ゼンを起動させているのにこんな一方的なんて今まで一度もなかった。


 まいったな、こいつ人間じゃないのかもしれん。アンドロイドか?

 地下都市のときに何度かアンドロイドとも模擬戦をしたことがあったが、ここまでの奴はいなかった。こんなことになるならもっと地上世界をまじめに調査しとくんだった。


 後悔先に立たずか、

 いや、それよりも現状を何とかしなければ。おっさんはゆっくり向かって来る。


 それにしても全く勝てる気がしない。しょうがない、何とか逃げ切ることだけを考えるとするか。

 とにかく目くらましをして。その隙に逃げるしかない。正直逃げ切れる自信もないが。

 タイチは地面から石を拾うと、アンダースロウでおっさんの目めがけて投げる。

 おっさんがそれを手でキャッチした瞬間今度は砂をおっさんに投げかける。おっさんが目を守るため腕を横にした瞬間、少女の待つブロック塀の方へと向かう。

 行ける。

 タイチはそう思った。

 おっさんのほうを見るとタイチに向かって突進してくる。

 これなら避けられると思った瞬間おっさんはさらに加速してタイチに体当たりをした。


「がっ」


 タイチの身体は再び吹き飛ばされると、今度は受身をとれないままブロック塀に叩きつけられる。再び全身に衝撃が走り、悲鳴を上げようとするが声は出ない。それどころか呼吸も上手く吸えない。ひゅうひゅうと頼りなく空気が漏れる。気絶しそうになるのを何とか耐える。地べたを這いずりながら、少しでも逃げようともがくが、おっさんはタイチの上に腰掛ける。


 おっさんの体重はとてつもなく重い。ただ乗られているだけで身体がみしみしと音を立てるようで、呼吸が少しずつ苦しくなる。まじおっさん重すぎる。


 少女の声が聞こえた気がする。

 気のせいかもしれない。

 少女は逃げ切れただろうか。

 このまま自分は死ぬのだろうか。

 それはいやだな。


 薄れる意識の中で少女の顔が……。


 そしてタイチはゼンを停止させると意識を失った。

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