第3話

「とうとう私達3人になったね」と零が言った。

「でもさ。大山君にしても、他の子にしてもちょっと騒ぎすぎじゃない?」

「そうかな?」

「さっきも言ったけど。私は別に困らないけどね。記憶が無くなったところで。別に14年の人生で、それほど残しておきたい記憶もないし」

零はサバサバしている。

しばらくの沈黙の後。

不意に零が口を開いた。

「どうせ記憶が無くなるんなら、言いたいこと言っちゃおうかな」

唐突に零が言った。

「なに?」と僕は言った。

零がじっと僕のことを見た。

「私。光のこと、ずっと好きだったんだ。小学校の時からずっと」

「えっ?」

思わぬ零の告白に、僕は驚いた。

もっと驚いたのが、優だった。

「ちょ、ちょっと零。何言ってるの?」

「告白よ。わかるでしょ」

「やめてよ!光君は、私の彼氏なのよ。それはあなたが一番よく知ってるじゃない」

私達、親友でしょ。どうしてそんなこと言うのよ?」

「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだから。親友同士が同じ人を好きになるなんて、よくある話でしょ」

零がくすっと笑った。

「今、だからチャンスかもね。光を奪う」

「チャンス?」

「私達。もう一度、中学生活の記憶を塗り直すことになるのよ」

零が僕と優を交互に指差した。

「2人が付き合ってた記憶も、当然無くなるっていうことよ」

「そんな。ひどいよ。零」

「ふふ。別になんて言ってくれてもいいよ。どうせ記憶無くなっちゃうんだし」

零が。短い髪をかき上げた。

優が。机の上にパッとノートを広げた。

そしてシャープペンを握り。何かバーっと書いていった。

「どうしたの?優」と僕は聞いた。

「書いておくのよ。私の気持ち」

優が僕を見た。

「後で見たら。私と光君がお互い、好きだったこと分かるように。光君を零に取られないようにするために」

「ふふっ。優は可愛いわね」

零が笑った。

「いいじゃない!好きにさせてよ。もう零の言うことなんかきかないから。あなたなんか、もう親友でもなんでもないわ」

優が机をバンッと乱暴に叩いた。

「でも。どうせなら」

零がぐっと僕に身体を寄せた。

そして唐突に僕にキスをした。

「 言葉なんかより。 文字なんかより。こうして。 身体で直接体感した方が、記憶に残るでしょ?」

「れ、零!?」

「やめて!」

優が零を突き飛ばした。

「きゃっ」

零が尻もちをついた。

優の身体がワナワナと震えた。

怒り。悲しみ。絶望。

あらゆる負の感情が優を襲った。

どうしたらいいのか。

僕には分からなくなった。

優がくるっと、僕の方を見た。

「ねえ。私も光君にキスすればいい? 私も。もっと他に、色々できるよ?」

「やめなよ。優に。優にそんなことしてほしいわけじゃない」と僕は言った。

「いいのよ。好きにして。私。なんでもフェアにやりたい人だから。 スポーツも。勉強も。恋愛も。最終的に光が選べばいいことなんだから」

だがここで零に変化が起こった。

頭を抑えて、フラフラした。

「ふふ…。どうやら、私の番が来たみたい。 一足先に私は自分で音楽室へ行くわ。よかったわね。最後に一緒の時間を持てて」

さっきまでの、冷たい零の顔ではなかった。

無邪気さ、あどけなさが残る、子供の顔に戻った。

「零…」

零は教室から出て行った。

これで残りは、僕と優だけになった。

「とうとう。私達。2人だけになっちゃったね」と優が言った。

「そうだね」

「零のことだけど…」

「零のことなんて気にするなよ。僕が好きなのは優。君だけなんだから」

「ありがとう。光君」

僕と優はじっと見つめ合った。

「記憶。消えて欲しくないけど。でも無理みたいだね」

僕はかぶりを振った。

気休めはいいたくなかった。

そして優はまた ノートに書き留めていった。

「これ読んだら絶対また付き合えるよね」

優が笑って言った。

「そうだね」

僕も笑った。

笑顔を見せることで。

優が少しでも、元気を取り戻してくれるならと願った。

そして。とうとう僕らにも、その時がやって来た。

頭の中に。もやっとした霧がかかった。

それとともに。身体が反応した。

さあ。最後のダンスを踊ろう。

華麗に。

きれいに。

ステップを踏んで。

僕は優に手を差し出した。

優は僕の手を握った。

小さくて。やわらかい手だった。

優の身体を引き寄せた時。

優がぼそっと言った。

「ノート…」

「ん?」

「あのノート。忘れずに見て」

「わかったよ」

「約束よ」

「ああ。約束する」

その瞬間。記憶が飛んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る