第8話
ルージュは上を見上げる。
まるで水晶のような透き通った色をした巨大な円球。大きさは半径二十メートルといった所。とても綺麗で神秘を纏い、傷の一つもついていない。ザックの言っていた通り、確かに誰かが持っていけるような大きさではない。
「これが、
「はい。話によれば五百年前の賢者が生み出した自然の魔素を吸い上げ、魔力を創り出す永久機関らしいです。詳しい実態は私じゃ分からないですけど」
「どうして、壊されなかったの?」
「これ、壊れないんです。仮に第七階梯の魔術をぶつけても吸収しますし、拳で挑むものなら力そのものを反射しますし」
「…試したの?」
「……一度だけ」
聖女であるミラが無理だったのだ。ルージュが軽く触ってみると、水晶の前の膜のようなものに触れる。そこから先は触れられず、デコピンを軽く放つと力そのものが反転し、自分の指に返ってきた。
「痛い…」
「言ったでしょう?痛いに決まってますよ」
「でもこれ、どうやって魔力を?」
「これを使います」
ミラの首にかけられたペンダントを取り出す。水晶と同じ透明な球体が装飾に埋め込まれている。恐らく素材が同じものなのだろう。ミラがペンダントを水晶に近づけと、水晶は淡く光り、魔力が徐々にミラの持つペンダントに吸収されていく。
「えっ…?」
「どうしたの?」
「これ以上、魔力が供給がされません」
「魔力が切れたの?」
「いえ、時間さえあれば魔素を吸収して魔力を蓄えて勝手に結界を張る筈なんです」
ミラが手に入れられた魔力はミラの総力四割程度。それだけ手に入れた後から急に供給が悪くなってきた。
「多分、犯人がここに来て三十分以上は経っているのに、魔力が蓄積されてない」
「?…機能の停止とか?」
「それはあり得ません。止め方は王様でさえ知りません。仮に知ってたとするなら解除には相当時間かかると思いますよ?」
壊さずに機能の停止をする場合、恐らく相当の術式を解除しなければならない。それこそ百や二百と言った複雑な術式を解除していかなければ無理だろう。王が殺されて恐らく一時間にも満たないであろう時間で解除出来るなんてそれこそこの古代魔導具を創り出した賢者でなければ無理な話だ。
原因は別にある。
頭を唸らせて悩むミラにルージュは顎に手を当て、何が原因なのか考えている。
ふと、ミラの持つペンダントに目に映る。ルージュはある疑問を口にした。
「…そのペンダント、近づけなければ魔力を供給出来ない?」
「えっ?まあ、はい。と言ってもこれを創ったのは十年くらい前だと聞いています」
「ペンダント自体、何個ある?」
「王様、騎士団長、魔導部隊隊長、そして私が持ってるので、四つです」
ルージュはその言葉に再度考える。
ペンダント自体は十年前に創られた。個数は四個、近づけば供給可能。だとしたら、遠距離での供給は不可能なのか?
「これ、どうやって発動する?」
「えっと、近づける事で素材同士が共鳴して魔力を分け与えるらしくて」
「それ、近距離じゃないとダメ?」
「えっ?」
普通、この古代魔道具は万が一の時、結界を薄めてでも強者の魔力を回復する応急処置程度のものだ。とは言え、溜め込んだ魔力量はミラの魔力総力の二十倍はある上に、自然の魔素を絶えず吸収している為、溜め込んだ魔力が無くなるという事はない。
だが、明らかに供給が遅いという事は魔力を生成しているにも関わらず、消費し続けている可能性が高い。
「共鳴さえしていれば遠隔でも可能、だったら今も魔力を取られているから貯まらない」
「で、でも流石に私のペンダントでコレなんですよ?離れてしまえば供給現象は」
「ペンダント、二つなら?」
ミラが目を見開いた。
そうだ。王とアクトは実際に殺されている。そのペンダントが奪われていたなら、犯人はペンダントを二つ所持している。
「王様のペンダント、さっきの魔術師のペンダント、二つあったら出来ない?」
「それ、は」
試した事はないが、不可能ではない。
共鳴現象は素材同士の持つ波長のようなものがシンクロして起こる現象だ。ミラの持つペンダントは供給されながら離れられる範囲は大体二十メートルくらいだ。
「共鳴して、魔力を供給するパスが伸びている?」
「可能性、高い」
そこが限度だが、素材が二つあるならば、その範囲も伸びている可能性が高い。つまり、供給する魔力のラインがミラの持つペンダントより優先順位が高く、今も絶えず魔力を供給され続けている為、生成してもそのラインから魔力が流れ続けている為、貯まっていた魔力すら殆ど存在していなかったのだ。
回収出来た魔力は四割弱。魔力が半分程元に戻ったとはいえ、神聖魔法にもよるが、回復を国全体に回すには心許ない。しかし、遠隔で魔力供給が可能。それが本当に正しかったとするなら、その魔力は何処で供給され続けているのか。
「!」
「きゃっ!?」
地下であるこの場所が揺れた。
巨大な地震、この地下空間の壁に罅が入り始めた。このままでは崩れる可能性がある。
「ミラ、手を」
「は、はい!」
ミラの手を握ると、ルージュは風を操作し、追い風で先程の道を逆戻りで駆ける。これ以上、供給が遅すぎる魔力を待っていては、崩壊するかもしれない。ここに居ても危ない。
「っ!」
「あっ!?だ、大丈夫ですか!?」
「平気、少し痛かったけど問題ない」
地下の岩盤が崩れ、ミラの頭上に降るのをルージュが身体を張って止める。風のおかげでそこまで重くはなかったが、掠って額から血を流す。
徐々に地震が強くなってくる。
地下の岩盤が崩れ始め、ルージュは更に風の加速で階段を駆け上がる。崩れて、塞がれかけた出口を見つけ、ルージュを抱えて身を細め、風を最大限にして突破する。
「抜けたっぽい、地下から」
「あ、危なかった。あと少しで生き埋めに」
先程の庭園に飛び出した二人。
隠し通路があった庭園の噴水は崩れてしまい、地割れで綺麗だった庭園は見る影もない。先程の傷をルージュは回復魔術で治し、袖で血を拭う。幸い目に血が入ってはいないようだ。
ため息をつき安堵感に浸るその時だった。
「!」
「っ!?」
ゾゾゾゾッ!!と、身体が強張るような威圧感が二人を襲う。直ぐに立ち上がり、何処からその威圧が放たれたのかを確認する為、風で庭園を囲んでいた場所から城の見晴台までミラを抱えて飛ぶ。
「なに、アレ…」
ミラは身体を震わせ、呟いた。
空に浮かぶ曇天、そしてそれを統べるが如く宙を舞うその魔獣。全長は目測で五十メートル、鋭い牙と爪を持ち、赤い鱗に包まれ、王国を見下ろすソレはまるで空の王者。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
それは龍だった。
大蛇は脱皮し龍へと昇華した。最早狩られるだけの大蛇など過去の話。一級であった大蛇は空を渡る龍に変貌を遂げ、特級となり雄叫びをあげていた。
魔獣には階位はある。
五級から一級までは強さを測れる。一級ならば訓練した騎士達が連携し、確実に倒せるだろう。
だが、特級は別だ。戦力、知恵、そんな小細工など力で捩じ伏せる暴君。強さを測れない魔獣こそ特級なのだ。
「っっ!」
見下ろすだけでこの威圧感、この圧倒的な恐怖感、死を錯覚させる緊張感にミラは手が震えていた。特級魔獣が生み出される原因は余程魔獣を食い尽くしたか、魔力を大量に手に入れ、進化を果たしたかの二つだ。
そして何より、倒せた実績は少ない。
先ず滅多に現れないし、特級となる前に狩り殺す事が多い。仮に特級が生まれ、倒すならば、騎士団全員と魔導部隊が準備し抜いて勝利出来るものだ。もしくは勇者、英雄級の力を持った人間の手でなければ葬ることは出来ない。
「ミラ、ここは逃げ――」
危険度だけならばルージュも肌で感じている。戦えるだけの戦力がない状況下だ。幾ら《聖女》の力あったとしても、一人じゃどうにもならない。
「えっ?」
ギロリ、と空の暴君の視線は此方に向いていた。
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