第7話
キィン!と鉄がぶつかり合うような音が聞こえた。ジークを仕留めようとした怪物の鎌が何者かによって弾かれた。
「およ?」
「貴様、団長に何をする!?」
そこにいたのは副団長のミーナだ。
聖女に治癒され、万全の状態で南側の一級魔獣を速攻で仕留め、次の魔獣を仕留めようと屋根の上を駆けていたが、そこで目撃した団長の焔に脚を止め、運んでみれば団長が倒れている。
「あーあ、アイツらじゃあいてになんなかったの」
たった一歩で一気に間合いを詰め、『魔力蓄積』で破壊力を増した剣を目の前の怪物に振るう。剣が自壊しかねないギリギリの魔力を纏い、銀色の一閃が怪物の首を刎ねる。
「うわっ、あっぶな!ちゅうちょな――」
「遅い」
だが、怪物は後方に下がり、余裕がありそうな態度で躱される。だが、出来得る限りの身体能力を最大限引き出し、後方に下がる怪物の懐に入り、一瞬の内に七度斬り刻む。少女を模した怪物の四肢がバラバラに切り裂かれた。それを確認すると、ミーナは気を失いかけているジークに懐にしまっていたガラス瓶を取り出す。
「ご無事ですか団長、これを飲んでください」
「っ、わ…りぃ……」.
ザックの持っていた毒消しポーション。ガラス瓶に入れてザックに渡されていたが、まさかこんな所で役に立つと思わなかった。ジークの口に突っ込む。人工的な毒ならある程度魔術で毒素を抜けるが、天然毒は調合した薬で無ければ毒素は抜けない。もしくは聖女の治癒を施すかの二択だ。
「げほっ、げほっ!?もーちょい優しく飲ませてくれよ!舌まで痺れてたのに口に突っ込まれると窒息しかねないからな!?」
「さっさと回復してください。無垢な子供のフリをした魔物に騙された団長。やはり幼女趣味が」
「棘ある上にサラッと俺をロリコン扱いするな」
毒消しポーションが効いているという事はほぼ人工的に作られた毒なのだろう。まだ痺れが少し残っている所を見ると、天然毒も混ざっている。とはいえ、命を失う程の毒素は消えた。ジークは立ち上がり、右手を握っては広げている。やはり地味に痺れて全身が動き難い。動きのキレは二割下がったが、戦える。
「うっわ、そっちのきしさまよりこわいなぁ」
「!」
四散した身体が液体化したように、一つに合わさっていく。怪物は切り刻まれた身体をあっという間に復元させ、ケタケタと笑っている。
「貴様、何者だ」
「そいつ、メタモルスライムだ。言っても、魔物の中じゃ相当特殊。意思のある魔物なのか、操られた魔物なのか、どっちだ?」
「どっちでもあるし、どっちでもないよ」
怪物は酷く曖昧な答えを返してきた。
「…どういう意味だ?」
「あっははー、バカだからわかんないかー。きしさまはバカだなー」
「やっぱウゼェ!!」
「アレに騙されたのですか?」
「お前も冷たい目で見るんじゃねぇ!!」
ジークが再び剣を構える。痺れが抜けない以上、ミーナの後方支援に回る。襲いかかってくる少女に剣を構えた次の瞬間。
「ん?〜〜っっ!」
「!」
「な、に…!?」
怪物は身体の内側から削れていくような痛みに胸を抑え、膝をついた。何が起きたか理解出来なかったが、流れ込んだ記憶と共に激痛が走る。
「ミーナ!」
「分かってます!」
その様子を見たミーナはすかさず間合いを詰め、魔力を最大限纏った騎士の剣を振り下ろした。
「はっ?」
魔力を極限まで収束させ、破壊力を増した剣が、突如現れた男に防がれた。それも右手の人差し指で剣を摘んで。
「貴様の分身がやられたか。どうやら聖女は生きているようだな」
「なんでいるの?」
「暇つぶし」
黒いローブを被り、長身であり声色からして恐らく男。辛うじて見えた紅い髪と深紅の瞳の男が怪物を一瞥すると、忠告する。
「お前もさっさと退け。繋がりの高いその身体ではフィールドバックが本体にも及ぶぞ。」
「…はーい」
「くっ!?」
「くおっ!?」
剣を摘まれたまま、ミーナは離すことなく力押しで貫こうとしたが、びくともしない。力を込め過ぎて剣の方が折れてしまいそうだ。摘まれたまま、剣を掴むミーナごと持ち上げ、ジークに向けて後方へぶん投げられる。二人は激突し、地面に軽く溝を作る程度に下がらされた時には既に先程の少女に化けたメタモルスライムの怪物は姿を消していた。
「さて、残りの魔獣はあと一体。とは言え死にかけとは、この国の騎士は中々やるみたいだな」
「テメェ、誰だ?」
「吐かせてみるか?無理だし、無駄だと思うがね」
「ッ!――焔よ!!」
ジークが焔を纏う魔剣で一気に間合いに入る。危険だ。恐らく出会った中で誰よりも強い、この場所では他の民家に炎が燃え移ってしまう可能性もあるが、今はそれすら気に留めず、最大火力で魔剣を振るう。
次の瞬間、振るった先には何もなかった。
ごとり、と地面に何かが落ちた。視線を向けるとそこに落ちていたのは右腕。魔剣を握っていた筈の右腕が斬り落とされている事を認識した瞬間、激しい痛みにジークは絶叫を上げる。
「がっ…ああああああああああああっ!?」
「団長!?」
見えなかった。気が付けば男は間合いを通り抜け、剣を抜いて鞘に収めていた。収めた瞬間のみ、目で捉えられたが、それ以外はいつ振るい、いつ移動したのかすら分からない。
これは恐らくレベル差。
レベルとは魂の器の強度を示すものだ。生きる為の行為には全て経験値が存在し、食事をするだけでも経験値は手に入れる事ができる。魔物や魔獣、動物の肉。生き物には全て例外なく魂が存在し、魂の一部を取り込む事で自身の器を強化し、肉体もそれに見合った力を手に出来る。
だが、当然ながら限界は存在する。
例外を除いて、基本的に人間はLv.100を超える事が出来ない。それこそ成長の振り幅は本人の基質や才能といったものがあるため、誰もが同じ成長を遂げるわけではない。才能がある人間と凡人が同じLv.100になったとしても能力値が一緒ではないのだ。
ジークのレベルは上限Lv.100の内Lv.96とカンストが近い上に、騎士団長を務めるだけあってこの国で剣に置いてジークより勝る者は存在しない。
「(コイツ、カンストして…いや、レベルの限界を越えてやがる!?)」
だが、この男は恐らく限界値Lv.100を越えて、更に能力値が上がっている。ジークの才能を凌駕し、Lv.100の状態である可能性もあるが、ジークの才能はこの国で三番目に高い。そんな彼でさえ見えず、腕を的確に落とされる。ならばまだ手加減しているように見える。
「おっと、そうだった」
男が指を鳴らすと地面が揺れる。
今まで感じていた脆弱な魔力、死に体の魔獣の魔力が膨れ上がる。侵入してきた一級魔獣は三体、『
その内、『
だが、死にかけていた魔獣の魔力が膨れ上がり、距離こそあるこの場所でもビリビリと伝わる威圧感。
進化だ。間違いなく進化している。
魔物、魔獣にも魂の器は存在する。魔物の場合は一定のレベルを越えるとその姿を変え、更に強くなっていく。その過程に起きる進化によって、大蛇はもはや蛇の枠に留まらなくなった。
「聖女を殺せ。特級魔獣ウロボロス」
蛇を越え、竜へと変貌する。
最後の絶望と思えたそれは、再び最初の絶望へと返り咲き、国を壊す為に産声を上げていた。
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