第6話


「アクトさん…」

「前に出ないで」


 緑のローブに隠された短剣を抜かなければいけない程に目の前の男は強敵だ。首のツギハギを見るに、恐らく殺された後、何かを植え付けられたように見える。

 

 警戒し、短剣を構えてアクトの様子を伺うと、彼の右手が此方に向いた。

 

「っ!?」


 アクトの右手から獄炎が放たれる。

 ルージュは一瞬、驚き風を巧みに使い、獄炎を風で相殺する。詠唱も魔術の真名も言葉にせずに放たれた獄炎に風が一瞬間に合わなかった。深緑色のローブが軽く焦げた。一瞬でも遅れていればミラ諸共灰になっていただろう。


「真名破棄…?」

「ルージュさん!アクトさんは魔術をノータイムで行使します!」


 魔術公使に必要な真名の破棄。

 この世界で魔術というものは詠唱をしてイメージの補強をする。使いたい魔術の公式を定める為に効率的な詠唱をする事で魔術を発動させることが出来る。中には詠唱を破棄し、魔術の真名だけで魔術行使する人間も存在する。

 

 それ自体は不思議ではない。上級の魔術師ならば、出来てもおかしくはないありふれた技術だ。だが、アクトは名前すら告げずに魔術を発動出来ている。

 詠唱も真名も口に出す事なく魔術を使う事を真名破棄と呼ぶのだが、その技術は精巧な魔力操作と膨大な魔術知識量があってこそ成り立つものだ。今のは第五階梯【ヘルフレア】を詠唱も真名も言わずに発動している。第五階梯は《魔術師》の職業を持たない人間が出来る最高位の魔術。それを真名破棄出来る人間は殆どいない。技巧だけ言えば、世界で五指に入るほどのものだ。


「第四階梯【フリーズブルム】」


 ルージュは氷柱を複数生み出し、アクトに向けて放つ。だが、アクトはそれを見計らい、獄炎を壁として展開、氷柱は獄炎の前に形を崩し、蒸発していく。


「壁も出来るのか」


 再びアクトが獄炎を放つ。ルージュは放たれる獄炎の方向を見切り、操作した追い風と共に壁を走る。死角を作らなくては話にならない。


「一閃」


 走りながら風を操作し、指を縦に振るう。

 風は刃となり、獄炎の壁を張るアクトに向かう。風の斬撃、不可視の刃は獄炎の壁を揺らがせる。二閃、三閃、四閃と風の斬撃を放つと、獄炎を超え、アクトの肩に斬撃が僅かに掠った。血が滲んでいる。


「!」

「そんな、傷が…!?」


 だが、傷が修復されていく。

 魔術ではない。魔力が働かない治癒など、普通は有り得ない。だが、。ルージュはそれを見ると、攻め方を変える。


「風よ」


 追い風の加速で揺らいだ獄炎の壁を避け、一気に懐へ入る。風で熱を浮かし、握られた短刀で首を狙う。


「っ!」

「なっ、杖で!?」


 短刀の一撃を杖で防ぎ、足を蹴り飛ばされ、体制が崩される。魔術師であるならば、接近戦が苦手だと思っていたのが裏目に出る。


「くっ…!?」

「ルージュさん!」


 ルージュ目の前に右手が迫る。

 辛うじて地面を蹴り、横に飛んで獄炎は避けられたが、ローブについていたフードが焼けて隠していた顔が露わになる。白髪で両眼がオッドアイ、透き通るように白い肌の少年の顔が曝け出された。


「接近戦も、出来るのか」


 顔はあまり晒さないほうがいい。

 フィールの言っていたその忠告にいつもフードを被っていたが、今はそれを気にしている暇がないほどに警戒を強め、集中している。

 死体を操られていると思っていたが、どうやら違う。ゾンビのような怪物化した存在が一番可能性としては高い。弱点を見つけようにも隙がなく、傷を負わせても忽ち修復される。止まれば獄炎の魔術が飛び、接近すれば対応され隙を作りかねない。ルージュ一人では手の余る敵だ。


「ミラ」

「は、はい!」

「神聖魔法って、魔獣や魔物に撃つとどうなる?」

「!」


 ザックの言っていた『神聖魔法の行使』。援護に回れるだけの強さがあるか聞いた。ルージュが本気を出せば恐らくは負けはしない。だが、此処は地下なのだ。もし本気を出してしまえば一気に崩れてしまう可能性もある。


「弱い魔物なら浄化されますし、強くてもかなり弱体化します!魔を祓う、清めると言った属性ですし」

「神聖魔法で、攻撃は?」

「出来ます!広範囲浄化、広範囲回復、魔性浄化は神聖魔法のカテゴリーに入っていますし、私にも行使が可能です!」


 現在ミラが使える神聖魔法は七つ。もっと増える可能性もあればこれ以上何もない可能性があるが、神聖魔法の中で攻撃系のものも存在する。それが魔獣、魔物、魔王と言った存在に対する特攻が入っている。


 それを聞くとルージュはミラに再度尋ねる。


「何秒欲しい」

「一分、いや三十秒ください!」


 ルージュはその答えに頷き、アクトに迫る。風が大した攻撃にはならない事は理解した。接近戦も出来ると考慮した上で間合いを潰しにかかる。


「(物理的な結界を張らない、死なない事に自信がある?)」


 放たれる獄炎を風で躱し、短刀を振るうがアクトは後方に飛んで躱す。それを詰めるかのようにルージュは更に風で加速し、アクトに迫る。


「(舐めてるなら、殺す)」


 更に加速し、短刀を容赦無く斬り続ける。捌き切れなくなったのか、アクトの身体は徐々に切り刻まれていく。


 ルージュの風の刃を複合した狩りの戦術。向かい風となり動きを鈍らせ、風は容赦なく目の前の敵を切り刻み、風に気を取られてしまえばルージュの短刀の斬撃の認識が薄くなる。


「そこ、だ」


 アクトの蹴りを躱し、杖を持つ左腕ごと短刀で斬り落とす。が、意にも返さないように彼は右手をルージュに向けた。


「っ!?〜〜〜〜ッ!?」


 第五階梯【オーバーブラステッド】

 人を感電死させるには充分過ぎる雷槍がルージュに直撃する。雷系統の魔術は四属性から外れた魔術である為、使い手が少なく、術式も複雑。しかも真名破棄で使えるとは思わず、身体が痺れる。


「くっ、ああっ……」


 属性に対しての抵抗レジストを持つ深緑のローブが無ければ即死だった。とはいえ、身体の至る所が痺れ、動けない。だが、アクトは左腕こそ落としているが、右手は健在。再び右手がルージュに向く。隊長に抜擢される程の魔力量、魔力切れに終わるという都合の良い希望などない。


「いけ、ミラ」


 だが、此処で三十秒。

 アクトは背後にいる神聖魔法を準備したミラを見過ごしていた。動けないルージュにトドメを刺す前に、ミラの神聖魔法が発動された。


「神聖魔法【セイント・アンソレイユ】!!」


 ミラの両手から放たれた極光の球がアクトに放たれる。ルージュは動けない身体を風で無理矢理吹き飛ばし、その場を離れる。アクトは放たれた極光の球に対して第五階梯【オーバーブラステッド】で対抗するが、極光の球に魔術が衝突すると、一方的に雷撃が掻き消されていく。


「ごめんなさい、アクトさん」


 そして極光が破裂する。

 その場所から魔に繋がるものが全て浄化されていく。魔獣、魔王という凶悪な存在と同時に魔術、魔力と言った魔に繋がるものまで浄化し、滅してしまう極光にアクトの身体が崩れていく。


「!」

「なっ、アレは!?」


 アクトの首のツギハギから銀色の液体のような存在が暴れ出した。極光から逃げるように暴れるが、徐々に身体が溶けて無くなっていく。


「メタモルスライム?」

「多分、死体をスライムで操らせて支配下に置いていた。一部の特性で回復もしてた」


 アクトの死体に乗り移り、精々の技量を発揮していたのだろう。だがスライムは死体を漁る事はあっても、死体を操ったりはしない。やはり異常事態が起きている。

 

「ルージュさん、怪我は?」

「大丈夫、回復した」

「でも、あの魔術を直撃して」

「治癒が本気で必要なら、ミラの魔力を回復してから」


 ミラの魔力は残り一割と言ったところだ。治癒魔術はルージュでも出来るし、傷の大部分は既に治癒していた。身体も動く。ルージュはアクトの死体を壁に寄せ、ミラは手を合わせる。ミラにとってアクトは魔術の師匠であり、優しいお兄さんだった。こんな事になるなんて誰が予想出来たか、こんな目に合わせた犯人にミラは怒りを溢していた。


「行こう」

「はい!」


 泣くも笑うも後悔する事を無くした後だ。王様が死に、師匠が死に、辛い気持ちを胸にしまい、二人は『古代魔導具アーティファクト』の所まで駆け寄っていった。

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