第5話


 俺の名前はジーク・ヴァルハルク。

 年齢は三十二歳独身、緑の短髪でガタイの良い渋めのオッサンさ。まあ、この国の騎士団長を務めているモンなんだが、今王都が未曾有の危機が迫っていた。


 ……なんだアレ。あっ、俺の唐揚げ落ちた。

 

 訓練が終わって、騎士達全員で行きつけの食堂で飯食ってたら、突如爆音がして残していた最後の唐揚げが地面に転がっていた。


 俺は慌てて外に出ると、城壁と結界を突き破って街に魔獣が侵入していた。思いっきりその場で跳躍し、見渡すと北、南、東の三箇所から同時に攻め込んできている。結界があった筈だが、破られたのかは分からんが、危機である事に変わりない。一級クラスの巨獣が三体。他が数体、訓練していた普通の兵士達じゃあのデカイのは手が余る。


「おいお前ら!東側と南側の魔獣を倒すか、無理なら抑えてろ!十分、隊列崩さずにだ!避難民の誘導も忘れんなよ!!」

「「「はい!」」」


 騎士達六十人を半分に割り振り散開させる。攻め込まれた魔獣を討伐しに、騎士団長の俺は単独で屋根を駆け、北側へ向かう。


 俺の職業スキルは『身体強化』と『脚力超強化』『五感鋭敏』『属性付与[焔]』『魔力蓄積』『頑強』の六つ。《騎士》の職業スキルの中ではかなり当たりのスキルらしく、同じ職業スキルを持つ奴でも、全く同じスキルを手にする事はあまりない。

 《騎士》と言う職業の中にカテゴライズされた無数のスキルの中から自分に見合ったものが手に入る。同じ《騎士》のスキルを中には『身体強化』が手に入らなかったりする事もある。


 とにかく俺は他の騎士より強く、そして騎士団長を任された身だ。此処で負けたら士気も落ちるし、何より聖女様のいない今、この国の希望的な存在を任されてんだ。カッコ悪ぃ真似は出来ねぇ。


「んじゃまあ、一気に終わらせっか」


 見た感じ二十メートルはある鬼。悪鬼オーガの魔獣、両手に大樹を持ち、斧のように振り回すだけで突風が舞う。あんなもんマトモに食らったら即死だろう。トマトみてえに潰れちまう。

 

 まっ、関係がねぇ。俺は魔剣を抜き、スキルを発動する。付与効果を増大する特注品。燃え盛る焔が俺を包み、悪鬼オーガの持つ二つの大樹を焼き斬る。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』


 俺に気付いた悪鬼オーガは睨み付けるように此方に咆哮し、両手を振り下ろす。此処で地割れなんて起きたら被害が大きいと思い、俺は両腕を一振りで落とす。悪いな、お前には何もさせてやらねぇよ。

 

「翡炎流――『焔天えんてん』」

 

 炎を纏う魔剣の斬撃が天に昇る。

 下からの斬り上げ、『身体強化』をフルに使った俺の斬撃は悪鬼オーガ縦に真っ二つにした。大して強くはなかったが、俺だからの話だ。俺のレベルはカンスト近えし。


「此処らへんの魔獣はコイツだけか」

 

 此処に向かう途中で、あらかた一掃したが、まだ油断は出来ない。辺りに死者は少ないようだ。すぐに避難所に避難している人が多い、手遅れの人も居る。間に合わなかったから死なせたのは百も承知。直ぐに死なせた人の分、挽回しなければ俺が俺を許せなくなる。


「き、きしさま!!」

「ん?おう、どうしたお嬢ちゃん」

「あっち!まじゅうがいた!」

「っ、本当か!何処だ!?」

「ついてきて!」


 お嬢ちゃんが走って魔獣が居る場所へ案内してくれる。意外と脚速いなこのお嬢ちゃん。一緒に走り、あの角に居るという言葉に俺は剣を抜き、角を曲がる。そこは行き止まりで何もいなかった。血の跡もなければ、獣のような残り香みたいなものも感じない。


「おいおい、此処には誰も――ッぶね!?」


 頬に銀色の刃が通り過ぎる。

 咄嗟の直感が働き、身体を捻り攻撃を躱す。そしてすかさず距離を取る。


「アレ?かわされちゃった」


 さっきのお嬢ちゃんの腕が銀色の流動体のように変形し、槍のように固めて射出してきた。まるで身体そのものが水に変化したかのような存在に俺は目を見開いた。


「テメェ、何者だ」

「わたしのなまえしりたいの?そうだね、おにーさんバカだから、おしえてあーげない!」

「殺す」


 俺を殺しにきた《暗殺者》か。はたまた何か特殊スキルを持った餓鬼なのか、分かりはしないが俺の敵である事は理解出来る。斬るには充分過ぎる理由だ。素早く焔の魔剣で斬りかかるが、振り下ろされる剣に対して少女を模した怪物が後退する。


「あはは、あっつーい!」

「コイツ……!」


 速い。動きが速く、小さくて素早い。

 身体をグニャグニャと変形させながら俺の焔を的確に躱している。しかも、炎系統の耐性があるときた。掠っても焔で簡単に焼き斬れない。


「おにさんこちら!てのなるほうへ!」

「チッ、時間稼ぎか?――燃え盛れ、翡焔ひえん!」


 最大出力で焔を全身に付与する。大気が熱に浮かされ、踏みしめた道には俺の焦げた足跡が残り、その熱で少女の身体が溶けるように銀の液体を垂れ流している。


「うわっ、さっすがにそれはあぶないかなぁ?」

「お前変装じゃなくて、擬態してるな?お前、魔獣だろ。メタモルスライム」


 メタモルスライム。

 一級の魔物でありながら、あらゆるものに擬態する厄介な生物。一度見てしまえば魔剣だろうが、魔獣だろうが、擬態する事が出来る上に一時的に擬態した存在の特性を獲得出来る魔物の中で特殊なスライム。


 だが、メタモルスライムは知性を全く持たない。《調教師》などがメタモルスライムを調教し、使役する事で絶大な効果を発揮し、強くなった前例は存在する。だが、《調教師》の隷属や使役は特殊な魔力の糸のようなものを感じれる筈だ。見た感じ《調教師》の糸が見えない。


 魔物、魔獣が知性を持つ。

 前例がない訳じゃないが、それはスライムにできる芸当ではない。そんな事は前代未聞の話だ。


「あははっ!さすがきしさま!こういうのけいがんっていうんだよね!みぬかれたのはふたりめだよ!!しろのみんなはだーれもきづかなかったのに!!」

「っ!?テメェ、王に何しやがった!?」

「そうぞうどおりだとおもうよ?まあ、バカばっかりだったから、ころすのかんたんだったけどね!」


 ケタケタと残虐に笑う目の前の怪物に俺は魔力を最大限引き出し、燃やす


「燃え上が…っ……!?」


 ぐにゃりと、視界が歪む。

 景色が歪み、身体が痺れるような痛みが襲い掛かる。吐き気と動悸、自分の身体が異常だという事を脳が警鐘を鳴らしている。


「やっーときいてきた」

「テメェ、毒を……!?」


 頬を斬ったあの時、攻撃に毒を塗られていたか。身体の至る所が麻痺し始める。

 魔獣の特性を得るなら、毒を生み出す事も可能。恐らくは致死性の神経毒、解毒魔術も高位の術式が必要だ。知っている魔術では恐らく解毒出来ない。


「チッ、オラァァァァァァ!!」

「うわっ!?」


 焔を纏う斬撃を目の前の怪物に放つ。

 しかし、腕を斬られたくらいで、痛くも痒くもなさそうだ。


「びっくりした。まだ炎出せるんだ?」

「っ、クソッ…がっ……!」


 身体が痺れて動きが鈍い。脚が重すぎるし剣がコレほど重いと感じた事はないくらいに動けなくなってきた。

 

「あなたがしねば、このくにはおわり。まあ、たのしかったよ」


 動けなくなった俺に容赦なく腕を大鎌にして振るってきた。剣で防ぐが、力で押し負け、壁に激突し、体制を崩してしまう。


「バイバイ、まぬけなきしさま」


 意識が途絶えそうな次の瞬間に見えたのは、体制を崩された身体に容赦なく大鎌を振り下ろす笑顔の怪物の光景だった。



 ★★★★★



 ミラとルージュは地下の階段を走っていた。『古代魔導具アーティファクト』で魔力の回復をし、魔獣の弱体化、もしくは殲滅をする為の神聖魔法の行使にはどうしても魔力は半分以上無いと心許ない。騎士達が既に殲滅してくれているなら保有魔力三割でもどうにかなるが、魔獣で傷ついた人を回復させる為の魔力はあった方がいい。


「!」

「なっ!結界が!?」


 結界の要となる地下の場所は許可が無いと入れない扉型の結界が施されている。許可が降っているのは三人。王様、ジーク騎士団長、アクト魔導部隊隊長、そしてミラ。


 それがまるで機能していない。

 認証の結界は魔力によって認証し、扉を開く。認証を認めない場合は迎撃魔術、侵入者の警報が鳴るはずなのだ。


「誰かが、開けたの?」

「それが出来るのは私を含め、四人です。許可無しに入れるのは」


 魔導部隊の半部隊は城内で一人残らず絶命していた。そして、魔導部隊隊長であったアクト隊長の遺体はなかった。城内を護っているあの人が逃げ出したという事は有り得ない。恐らく、暗殺した人が遺体を持ち帰ったか、何かしらの理由が存在する筈だ。


「他者に化けて、他者の情報を吸収。だとしたら、結界が解けても、不思議じゃない」

「まさか、メタモルスライム?」


 他者に化けて他者の特性を得られる魔獣。

 だが、魔獣が知略で襲ってくる筈がない。前例がない事が立て続けに起きている。魔力を感知できない魔獣、知性を持つ魔獣、異常事態は既に起きている。不思議ではない、


「下がって」

「えっ?」


 此処は最深部。『古代魔導具アーティファクト』まだあと少しな所で嫌な魔力を感じ、ミラを下がらせる。

 認証型の結界は機能していない為、扉は手押しで開ける。この扉が最後の扉だ。

 

「誰か、いる」

「アクトさんかジークさん、どちらかの可能性が」

「普通、結界を解除したままにしな――っ!?」


 ルージュがミラを抱えて横に飛び退く。扉越しに獄炎が此方に放たれ、ルージュは腰に据えた短刀を抜き、目の前の脅威に殺気を放つ。

 

「アクトさ…ん」

「アレが、生きているように見える?」


 それは最早生きている人間に見えなかった。白目を剥きながら首にツギハギの跡を残し、意識のないまま此方に杖を構える魔導部隊隊長のアクトの姿がそこにいた。

 

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