第4話

「おいおい、マジかよ!?」


 王国の一部が狼煙を上げて燃えている。

 しかも、耳を澄ませば僅かながら悲鳴が聞こえてしまう。ルージュが風の加護を使い、空から王国を見下ろす。狼煙が上がっているのは三箇所。そこに巨大な魔獣が人々を襲っている。


「魔獣、何箇所か襲ってる」

「結界突き破ったのか!?騎士サマ起きろ!王国がピンチだぞ!?」


 王国には半永続的に魔獣や魔術を遮る結界が張られている。外部から魔術を防ぎ、魔獣の侵入も防ぐそれが機能していない。結界を破ったのか、それとも何らかの方法で解除されてしまったのか。


「坊主、魔獣は何体居る!?」

「大きいのが三。あと、多分一般人じゃなければ倒せるのが数十体」

「一般人には勝てないレベルって話じゃねぇかクソッ!!」


 ミーナも目が覚めるとその光景に絶句する。感知できる魔力が徐々に消えている。それはつまり、王国で人々が次々と殺されているという事だ。


「こうなったら聖女サマだけでも王国に戻ってもらって加勢に」

「魔力は四割、推奨しない」

「分かってる。だが、王国には確か『古代魔導具アーティファクト』がある筈だ。それなら聖女サマを回復出来る」


 王国には一つずつ、魔力を蓄える事のできる『古代魔導具アーティファクト』が存在する。そこには膨大な魔力を貯蔵され、更には自然に飽和する魔力の素、魔素を吸収し魔力を生成出来る。


「それがあるなら、何で持ち出さなかったの?」

「大き過ぎて持ってけないんだよ。それに結界の要を持ってけねえし。内包している魔力から引き出せれば、かなり回復出来る。聖女サマの神聖魔法で魔獣を弱らせる」


 ミラの『神聖魔法』は魔と悪意に対する特攻。それは魔獣とて例外ではなく、倒す事は出来ずとも魔獣の魔力を大幅に削る事が出来る。ミラの魔力は現在四割、魔力が足らないのを『古代魔道具アーティファクト』の魔力で回復させれば、この混乱を一気に鎮められる。

 

「飛んでミラを送り届ければいいの?」

「はい、そのあとは騎士にお任せください。聖女様を前線に出さない方法がそれなら私は推奨します。それに騎士達が動いている筈ですし」

「俺は馬車一式を揃えたら薬品を手に入れて避難所に渡すのと、出来れば重傷者連れて離れる。結界が無いし、坊主ならそこまで飛べる筈だ」


 結界が物理的に壊されたのか、それとも内部から『古代魔導具アーティファクト』が破壊されたのかわからない。後者ならミラの回復は見込めない。だが、この状態でミラに無理をさせれば死ぬ危険があるのは間違いない。可能性があるなら王城にある筈。そう考えてると、ルージュはミラに手を差し出す。


「……ミラ、行くよ」

「はい!」


 ルージュはミラの手を繋ぎ、再び風を操作し始める。ミラはまだ空を飛ぶ恐怖心に慣れていないが、このままだと大勢の人が死ぬ。ミラも覚悟を決め、ルージュの手を力強く握り、二人は王城へと飛翔していった。




「さて、俺は西の門から馬小屋へ行く。騎士サマはどいつから倒すつもりだ?」

「近い方から倒していく。この場所からだと一番近いのはあの場所か」


 狼煙と一緒に炎が見える平民の街。

 あそこから強大な魔力を感じる。対処出来るのはミーナか騎士団長くらいだろう。これ以上被害を増やしては死んでいく民を守ることを誓った騎士としての裏切りだ。


「死なないように、ザック」

「互いにな。じゃあな」

 

 ミーナは剣を携え、身体強化で一気に門をくぐり抜けるのを見てザックは急いで馬小屋のある西側の街の門へと走り出していた。



 ★★★★★



 空から王城に向かう際に無数の魔獣が地面に見えている。ミラは助けに行きたい気持ちを抑え、王城へ向かう。今魔獣と戦って他の場所で更に死人が増えてしまう


「どこに、降りればいい?」

「庭に降りてください!あっ、あそこ!」

「分かった」


 フワリ、と王城の庭園の芝生が揺れる。

 ルージュはミラを軽く抱え、ゆっくりと地面に降り、辺りを見渡す。王城には装飾が綺麗な噴水と綺麗な芝生に花畑、見ているだけでとても心地のいい場所だ。


「……?」

「どうしたんですか?キョロキョロして」

「静か、過ぎる」

「えっ?」


 なのに、不安感が拭えない。

 王城から離れているわけでもないのにこの静かさにルージュは疑問を抱かずにいられなかった。


「王国に魔獣、侵入したなら普通騒ぐ。なのに静か」

「確かに…でも避難しているとかなら」

「どこに?王城が、一番安全じゃないの?」

「!」


 確かに王城が一番安全な場所だ。

 避難する必要はない。王城を護る騎士も、魔導部隊も王城を中心として護っている筈なのに、この静寂さはなんだ。不気味過ぎて、鳥肌が立つ。


 嫌な予感がした。ミラは『古代魔導具アーティファクト』より先に王が居るであろう玉座の間へと駆け出していた。


「そっちに『古代魔導具アーティファクト』があるの?」

「少し遠回りかもしれませんが、玉座の間に…!」


 王が危ない。そう考えついた瞬間、ミラの足は玉座の間へと脚を進めていた。走るミラの後を追いながら周囲に警戒を張るルージュ。二人が廊下の角を曲がったその先の光景に絶句する。


「なっ…!?」

「!」


 ミラは口元を抑えて、膝を突く。

 思わず吐き気がするようなその惨状にミラは涙目で抑える。十四歳の子供には厳しい光景だ。ルージュは少し顔を顰めて、ミラの背中を軽く撫でる。


「そ、んな…王城を守る騎士達が」


 死んでいる。

 否、と言うべきか。ミラが見知っている王城を守る騎士、そして魔導部隊の人間全てが絶命している。赤い絨毯は血で更に黒ずみ、虚な瞳を開けたまま死んでいる者も居れば、首を斬られて死んでいる者もいる。


「うっ、どうして…」

「…多分、誰かに殺されてる。この傷跡といい、貫通したお腹といい。多分、手で貫かれたり、剣で斬られて殺されてる」

「内部、犯?」

「分からない」


 だが、恐らく内部犯の可能性が高い。

 でなければ王城内で騒ぎが起きている筈だ。ミラとルージュ以外誰も気が付いていないから増援が来ない。王城から一切の報連相が回っていないから魔獣の出現に混乱している。騎士達が対応しているが、あり得ない。まるで、誰にも気づかれる事なく殺していったかのような手口。


「玉座は…」

「門、空いてる」


 空いた門を覗き込むように玉座に視線を向ける。そしてその光景にミラは絶望で目を見開いていた。


「王様!!」


 白髪であり荘厳な顔をした王が玉座にて剣を突き刺され、眠っていた。この国の王、ミルティーク王が玉座にて殺されている光景が目に焼き付いた。それを見た瞬間、ミラは王の下へと駆けつけた。


「王様、しっかりして!私が治します!!第七階梯【リヴァイヴ・フォーミラー】」


 心臓に突き刺さった剣を引き抜き、ミラが人類が使える最奥の魔術。最高位の回復魔術を促す。聖女のそれは時間逆行にも等しいくらいに完璧な治癒を施せる。


 だが、王は眼を開けない。

 心臓部は貫かれ、出血が酷い。肌も冷たく、助かる可能性は潰えている。それでも諦めずに魔術を行使する。


「止めろ」

「っ、まだ…!」

「無駄」

「黙って……!!」


 パシッ、とミラの右の頬が叩かれた。

 第七階梯の魔術、更には《聖女》の職業スキルである回復力の超増大があるにも関わらず、治せない。それはつまり、手遅れだ。


「もう、死んでる。これ以上は、魔力の無駄」

「そん、な…」


 いくら《聖女》の職業を持っていても、魂の失った人間の蘇生は不可能だ。死ねば終わり、完全に死んだ者を完璧に蘇生させる魔術も魔法も存在しない。ミラは涙を流して泣き叫び始めた。王の亡骸を抱いて、涙を流して俯いている。

 

「『古代魔導具アーティファクト』で回復、案内して」

「私、は…」

「早く」

「私に、出来るんですか?王様を救えなかった私に、何が出来るんですか!?」


 王様は優しい人だった。母を失い、父を失ってミラを育ててくれたのは紛れもなく王様だった。絶望で俯いて叫んでいた。救いたかった人を救えなかった。《聖女》として、誰もを救えると思い上がっていたのかもしれない。一体そんな自分に何が出来るのか、失った気持ちを怒鳴り散らして喚いて、子供のように涙を流している。


「泣くな、なんて僕は言わない」


 ルージュはミラの胸倉を掴んで立ち上げる。涙で酷い顔になったミラを見て、ルージュは言葉を続けた。


「王様が、何を護りたかったのか、僕は知らない」


 ルージュにはミラが王様をどれだけ大切か分からない。記憶がある訳じゃないのだ、他人の痛みを分かれる程、ミラと親しくなったわけではない。


「けど、王様だったらこの国を護りたいって、絶対言う」


 王なら、きっと民の為に自分の身を削ってでも護ろうとする。知っている。ルージュの言っている事は正しかった。王様は優しくて、厳しくて、それでも誰よりも民を思う人だった。ミラは知っているから。

 

「今、王が居ないこの国で、ミラが何をするべきか、泣いてもいいから考えろ」


 ルージュのその言葉にミラは自分の足で立ち上がった。まだ涙は流れている、まだ悲しくて立ち上がるのも辛い。それでも《聖女》として、ミラにしか、出来ない事がある。


「……っ、ごめんなさい。手、少しだけ握っててください」


 涙を袖で拭い、ルージュの手に縋りながらもミラは立ち上がる。今は不安に押し潰されそうな自分を少しでいいから支えてほしかった。まだ辛い、俯いて泣いていたい。


「着いてきてください。地下に行きます」


 それでも王様なら護ろうとするだろう。きっと間違いなく、辛くても民を想って戦おうとした筈だ。だから今は前を向いて進まなければならない。ミラはルージュの手を取り、『古代魔導具アーティファクト』のある王城の地下まで走り出していた。


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