第3話

 

 夜が明け、ルージュが地面に術式を描いている。『奇怪の森』を通れば魔獣に襲われる可能性が高く、何より疲弊した三人が無事で済む保証はない。故に強引だが、空から王国までひとっ飛びで進む為に風の力をブーストする魔術式を地面に描いていた。短距離ならまだしも長距離を四人で移動する経験はルージュも初めてだ。


「そういや坊主、《職業》は何だ?」

「職業?」

「あー、悪い。《神官》に会った事ないか。というより《職業》って言葉を知ってるか?」

「…神様の、贈り物」

「半分正解。《職業》が大半の人生を決める。自分に合った力を神が見透かしてそれに見合った《職業》を選ばせてくれる」


 どの王国にも《神官》は存在し、四歳になると教会で職業適正検査を一斉に受け、職業を選択する。それを『神託の儀』と呼ばれている。


「まあ、二つならまだしも複数も職業が出るのは余り無い事だがな」

「あった方が、いいの?」

「恩恵だし、力は増す。例えば《騎士》は頑強さや剣に対するスキルの獲得。俺の《運び屋》だったら特定の生き物を操ったり、収納庫や地図表示とかな」

「聖女は?」

「……正直な話、ブッ壊れだ。神聖魔法の使用権限、回復付与超増大、魔術全適正、数あるスキルの大半の恩恵を得られる」


 《職業》は《神官》の職業を得た人間が、教会にて神からの啓示として職業の適正率が高いものを表示し、選ばせる。それが自分の人生の中で最適なものを選ぶ事が出来る。


 そして得た職業によって《職業スキル》というものが存在し、例外を除いてどの職業にも最大で七つまでその職業に見合ったスキルを取得出来る。

 《騎士》ミーナの場合は『頑強』『魔力収束』『身体強化』『魔法耐性』が基本的で、成長すればあと三つ、《騎士》専用のスキルを手に入れる事が出来る。

 《運び屋》ザックの場合『異空間収納』『使い魔使役』『地図表示』と言った所だ。


 それ以外にもスキルは存在する。職業を介さずに習得出来る《汎用スキル》。

 これは習得条件さえ満たせば誰でも習得が出来るスキル。剣術を極めれば『剣術』と出たり、魔術を学べば『魔術』のスキルを手に入れられる。当然、熟練度は訓練や学習次第だが。基本的には『料理』『家事』のスキルは誰でも持っている。


 最後が《特殊スキル》

 これは生まれつき備わっていたり、概要は良くわかっていない。《汎用スキル》より役に立たないものもあれば、《職業スキル》を超える有能なスキルも存在する。


「坊主は何かスキル持ってんのか?」

「……分からない」

「まあ職業が無いなら専用スキルはねえしな。汎用も特殊スキルは《鑑定士》でも無ければ判断出来ねぇし」


 基本的に自分のスキルは『鑑定』スキルを持っているか、《鑑定士》しか分からない。ルージュがどんな技能を持っているかは分からないのだ。


「おっ、聖女サマおはよう」

「お、おはようございます。ルージュさんも」

「…騎士は?」

「半分ほど魔力も回復しましたし、治しておきました。時期に目が覚めると思います」


 《聖女》の専用スキルはどれも規格外。

 例えるなら『神聖魔法』。魔術は解明されている事象を理論化、数値化、図式化する事で魔力を持つ人間の誰もが使う事が出来る《汎用スキル》だが、は魔術とは違い、一切の理論、法則が判明出来ず、願っただけで超常現象を引き起こす規格外のスキル。その力を以ってヘカテ国をたった一人で救ってきたのだ。


「っ、申し訳ありません。まだお辛いはずなのに回復魔術を使わせて」

「大丈夫です。ミーナさんが死ぬくらいなら私だって無茶はしますよ」


 特に《聖女》の場合は回復の魔術でさえ時間を戻すかのように全癒させる。ミーナの傷は跡形もなく消え去っている。


「…大丈夫なの?」

「ルージュ殿、聖女様より聞いています。我々を救ってくださってありがとうございます。ですが、私はもう大丈夫です」


 どうやら嘘はないようだ。

 回復魔術が時間の回帰と思わせるくらいに身体に異常はない。

 

「そう、じゃあ行こう。術式も、終わった」

「…行く?馬車は無いから徒歩で」

「あー、騎士サマは聖女サマを抱えてろ。多分、お前の想像の倍キツいぞ」

「キツい?」


 描かれた術式の上に立つザックとミラ。

 

「えっ、これまさかと思うんですけど……」

「ああ、空から行く」

「………冗談ですよね?」

「マジだ。坊主、頼むぜ」

「手、繋いで離さない。口閉じないと、舌噛むよ」


 ルージュが術式を解放すると、その場からまるでロケットのように風が噴射する。気が付けばあっという間に『奇怪の森』を一望出来るくらい高く宙を舞っていた。


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」

「こ、これ二回目でもキツい…!!」

「あばばばばばっ!顔が歪むぅぅぅ!?」


 少々涙目になっているが、問題はないだろう。術式を二回も描くのは面倒な為、一回で王国に辿り着くように、ルージュ自身が風を操作するように方向を定める。


「坊主お前それ加護か!?」

「うん」

「卑怯!お前だけ風の影響受けないのかよ!?」


 精霊の加護。

 ルージュが持っているソレは風を自在に操れる《特殊スキル》。精霊に認められ、精霊に与えられたもので、ルージュには風の全てを操り、無効化出来る。気圧も風圧でさえ影響を受けない。


 だが、ルージュと違い、三人に加護はない。モロに風の影響、超スピードで飛ぶ時に生じる風圧を受けるのだ。


「ゆっくり、行くから」

「頼むぜオイ……!」

「行くよ」

「えっ、きゃああああああああああああああああああっっ!?!?」


 風の影響で怪我をしないギリギリのスピードで、ルージュは風を操作する。ミラは絶叫を上げ、ミーナは既に気絶し、ザックは顔が風圧で歪みながらも、四人は王国まで大砲の如く飛んでいった。


 ★★★★★


 地面に落ちようとする次の瞬間、風が地面に叩きつけられ四人の体がフワッと浮き、衝撃の一切を与えなかった。風の制御力は見事と言うべきだが、慣れない速度の高速移動は初体験の嬉しさよりも恐怖が勝った。


 聖女はミーナを抱き締めて地面にフワリと降り、脚がつくと地面がある事に感激し、ザックは地面に降りると歪んで伸びた顔面押さえていた。


「じ、地面だ……!」

「めっちゃ顔痛え!!坊主テメェ!?」

「…?ゆっくりにしたよ?」

「坊主にとってはな!?死にかけたわ、顔の形変わるかと思ったわ!?」

「うう、ミーナは大丈夫?」

「無茶し過ぎたから気絶してる。だから、大丈夫か聞いたのに」

「いや坊主のせいだからな!?ああ、もう騎士サマ起きろ!着いたぞ王国の手前まで!」


 疲れ果てた様子の二人と気絶しているミーナを横目にルージュはユースティア王国に視線を向ける。


「アレが王国?」

「ううっ、こうなったらザックさん。ミーナさんを抱えていきましょう」

「俺も結構グロッキーなんだが聖女サマ」

「ザック、ミラ」

「何だ坊主!つかお前が運べ!」

「体格的に無理があるんじゃ…」

 

 ルージュは二人に問うように王国に指を指した。


「街、燃えてない?」

「はっ?」

「えっ?」


 思わず二人は唖然とする。

 王国に入る前の門の向こうに視線を向けると、街が一部が黒い狼煙を上げ、炎上している光景がザック達の目に映った。

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