第2話


 現在、川辺にて焚き火で鮎を焼いて食べる三人。《運び屋》であるザックが丁度塩を持っていたのが幸いなのか、適度に塩を振られた焼き鮎は中々に美味い。

 何はともあれ、《騎士》のミーナは血を失い過ぎて昏睡中、ルージュが持っていた薬草を飲ませたが、傷口が深く頑張っても応急処置が精一杯との事。死にはしないが、血が足りなくて起きれないとルージュは言った。馬車も無くなり、《聖女》ミラも魔力が回復し切れていない。


「しゃーね、野宿するしかねぇか」


 ザックの職業である《運び屋》のスキルで『地図表示マッピング』で現在地を把握しているが、街道から大分離れている。川辺と街道を挟んで『奇怪の森』がある為、街道に戻るには『奇怪の森』を通るか、ルージュがやったように空を飛ぶしかない。


「ほら聖女サマ。焼けたぞ」

「あ、ありがとうございます。でもザックさんも食べてください」

「俺は坊主から貰ったゲテ肉で食欲ねぇ」


《運び屋》の『異空間収納アイテムボックス』で寝袋や毛布を取り出し、この地点での野宿の支度をする。ユースティア王国まで送り届ける街道から離れ、更には日が落ち、薄暗くなった以上は下手に行動すれば魔獣に見つかる。


『奇怪の森』は一級から五級までの等級の魔獣が森を彷徨いている。基本魔獣も弱肉強食だが、あの森は弱肉強食が行われず、どの等級の魔獣が現れるか未知数な故に奇怪なのだ。下手に進めば全滅だ。


「しかし、王国は大騒ぎだろうな」

「……確かに、乗ってた馬車も確認出来ないと、魔獣に襲われたって考えてると思いますし」

「俺も馬鹿もこのザマだ。馬車ねぇから徒歩になる。川辺から行くとなると大分遠回りだな」


 此処から徒歩だと三日と言ったところか。流石に三日もすれば各王国だって騒ぎ立てる可能性は極めて高い。


「坊主、お前の風のアレで王国まで飛べねえか?」

「…出来なくはない。けど、その王国に寄る理由、僕にない」

「王国から謝礼金貰えるぞ」

「……?何で?」


 ルージュは理由が分からなくてコテリ、と首を傾げる。


「この方が聖女サマだからだ」

「……?」

「あれ?通じてねえのか?」

「何で聖女を守ったら、謝礼金、貰えるの?」


 ザックはこの時、違和感を感じた。

 この少年、この世界の事情に疎い気がする。まるで


「お前、もしかして『焉寂えんじゃく』を知らねえのか?」

「……えん、じゃく?」

「各王国で蔓延してる三大病魔の一つ…ちょっと待て坊主、お前さん?」

「精霊郷」

「…マジか。まあ、なら知らねえのも無理はねぇ」


 精霊郷。

 それはこの世界の精霊が持つ領域の事。世界には四属性、火、風、水、土の四つの属性に基づいた精霊が存在する。その中で強さや存在の大きさによって、順位が割り振られている。その中で一位から三位までは高位精霊と呼ばれ、その一体一体が自分だけの世界、精霊郷を持っている。

 基本的には外部からの侵入は出来ず、精霊が見染めた者のみしかその領域に入る事は出来ない。恐らくこの少年、ルージュはその世界にずっと居て、外の情報を殆ど知らないのだろう。


「今、三大病魔の一つ。って言っても前まで二大病魔だったんだが、『焉寂えんじゃく』ってのが最近蔓延している」

「三大病魔?」

「そこからか。まあ簡単に言えば、現在の医学では治せない病魔の事だ。特効薬もなければ対策法もなく、感染経路も不明。かかったら数週間から数ヶ月以内に死ぬのが基本的。かかって即死の奴もいるけどな」


 基本的には不治の病と呼ばれる病魔なのだ。その中で何の処置もしなければ確実に死に至る。精々延命は出来ても、根本的解決には至らない。 

 だが、その病にも特効薬となる存在がある。


「……それを聖女、治せるって事?」

「まあな。今、世界に聖女は二人存在する。逆に言えば、治せるのは二人のみだ。当然ながら治させたくない奴等は狙ってくる」


 聖女の固有魔術。いや、魔術の秘奥、魔法と呼べるクラスの大規模浄化。病魔を完全に殺す事が出来る唯一の特効薬だ。

 だが、蔓延を望む存在は当然存在する。世界を混沌に染め上げる快楽主義者、この状況を利用し、革命を起こそうとする存在。聖女を邪魔だと思う連中は当然ながら存在する。


「『焉寂えんじゃく』は、人為的に引き起こした?」

「その可能性が高えな。魔王討伐から二年。魔王信者の仕業だと思うが、詳しい事は不明。感染経路調べる前に治すのが先だけどな」


 魔王は二年前、勇者達に討伐された。

 だが、魔王が死んでも魔王を信仰する組織や、信者を全てを仕留める事は出来ず、組織は分散し、息を潜めていた。その魔王信者が何かをしたと考えるのが妥当だ。


「でも、聖女の護衛、少なくない?」

がまだ世界にはいる。今のところ、副団長の騎士サマが実質的に最強だが、それらは次元が違う。だから人数は最小限に絞って、護符や魔獣避けを乗せた馬車でバレないように周ってたんだが、魔獣の異常さで裏目に出たな」


 魔獣がまさか徒党を組んで襲ってくるとは思わなかった。知性を持った魔獣ほど厄介なものはない。特に数が数だ。ユースティア王国で副団長を務め、職業騎士として大成したミーナでも一人では流石に無謀過ぎた。

 

「ってことで坊主、あの風で俺らを王国まで飛ばしてくれねぇか?謝礼は弾むぜ?王国が」

「ザックさん、カッコ悪いですよ」


 呆れた様子でミラがザックを見てため息を吐く。まあ、王国から謝礼が出るのは事実だし、事実聖女であるミラが何か施せるわけじゃない。


「王国で、情報が欲しい」

「どんな?」

「フィールって精霊、僕は探してる」


 ザックが記憶している中で、第一位から第三位までの精霊の中でフィールという名前の精霊は居ない。だが、王国なら何とか調べられるだろう。フィールという未だ知らない精霊、もしくは偽名を使った第一位から三位の精霊なのか、可能性はある。


「オーケー、掛け合ってみりゃ見つかる可能性が高いし、謝礼金も弾む。坊主は俺らを王国まで送る。契約成立だな」

「ミラ、だっけ?君も、それでいい?」

「あっ、はい大丈夫です」


 ザックは手を出すと、ルージュは軽く握り返す。契約は成立し、夜が明けたら、ルージュは聖女達を連れて王国まで飛んでいく事が決まり、握手を躱す二人。

 ザックが僅かにローブから見えた瞳。右眼は血のように紅い色をしていて、左眼は全てを見透かし、吸い込まれるかのような鮮やかな深蒼色ネオンブルーに見えていた。

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