第1話
揺れる。揺れる。揺れる。
馬車の揺れがかなり酷い。街道を進んでいるなら揺れなどあまり感じなかったが、揺れ過ぎて頭を打った。昏睡状態だった《聖女》ミラはゆっくりと目を開けて頭を摩る。
「っっ……何、が」
目を開け、馬車の窓から景色を見る。見えたのは木々と薄暗くなった空。馬車は街道ではなく森の中を走っている。
「ッッ!ザックさん!?」
「おー、目が覚めたか聖女サマ、悪いが現在進行方向大幅に変更中だ」
「じゃなくて!貴方血が…!?」
ザックの腰と肩から血が流れている。
馬車も至る所が損傷し、辛うじて馬は無傷だが、ザックの場合はかなり酷い。
「早く回復を!」
「そりゃ、アイツらから逃げられたらの話だ」
後ろの窓を見ると、巨大な黒
「っっ、私が魔術で!」
「止めとけ、焼け石に水だ。魔力枯渇して生命力まで失ってるアンタの術はたかが知れてる」
「けど!」
「このままじゃ無理なのは百も承知だ。だから俺はこの森を一周してんだ。《騎士》を拾ってすぐ離脱して減らすしかねぇ」
現在、魔獣の出る『奇怪の森』の中、スピードを落とさずに正確に馬車を操作しているザックだが、隙を見て騎士のミーナは
「ミーナはまさか……」
「あの馬鹿は殿だ。生きてなければこの作戦は負けだ」
「私が殿を!」
「駄目に決まったんだろ、アンタが死んだら俺もあの馬鹿も何のために戦ってるかの意味を失っちまう。黙って乗ってろ、此処からは《運び屋》の本領を見せてやる!」
馬車の紐縄を掴み、思いっきり手繰り寄せるように力を込める。それだけで先頭を走る二体の馬は察するように脚に力を込める。
「頼むぜ相棒!全力で駆け抜けろ!!」
「ちょっ、うわっ……!?」
馬車の速度が更に上がった。
森の中、木々が多く小回りの利かないこの場所でまるで馬車を風のように操る。揺れこそ凄いが、振り切るだけなら問題なく出来る。
「っっ!?相棒、左だ!」
突然の急カーブの指示を出す。
馬車の中はひっくり返るような衝撃が起きるが、それどころではない。
「大丈夫か相棒!?」
ヒィィイイイン!!、とザックの馬の鳴き声が響き渡る。前方に隠れて待ち構えていた蟷螂の攻撃が右の馬の胴体に掠る。
「クソッ、魔獣が待ち構える戦術なんて普通使わねえだろ!」
「ザックさん前!?」
「なっ、相棒っ!!」
目の前から炎熱の風が吹き荒れる。
馬車を旋回させ、ギリギリ躱すが車輪が限界を迎え、バキッ!!と音を立てて壊れる。スピードを出していた馬車は傾き、横転する。
「がっ、あっ!?」
乗っていたザックは馬車から転げ落ち、地面に数バウンドして倒れる。横転していた馬車を壊して出てくる聖女。肩を痛めているようだが、それ以外は何とか無事のようだが、状況は最悪だ。
「レッド…ウルフだと……!?なんで蟷螂と、徒党を組んでんだ……!」
「ザックさん!」
「……クソッ、ドジった……聖女サマ、あんただけでも…逃げろ……!」
相棒の馬二体も今ので馬車の下敷きになり即死している。ザックに何とかして回復魔術を使おうとするが、再び炎を吐く炎狼レッドウルフの群れが再び炎を口に溜めている。
「ッッ、第四階梯【アイシクルアロー】!」
八つの氷の矢がレッドウルフの群れを向けて放たれる。溜めていた炎は霧散したが、仕留めれていないのは大分痛手だ。
「うっ……」
酷い頭痛に襲われる。
当然だ。魔力の枯渇から更に魔力を引き出そうとすれば生命力が代価となる。現在生命力すら危うく、昏睡状態だった聖女が使えた魔術も今はこれが限界だ。
最後の三本で迫り来るレッドウルフを撃ち抜く。氷の彫像となったのは三体、その程度では軍とも呼べるようなこの圧倒的な数には勝てない。
再び魔術を使おうとした瞬間、視界が歪む。これ以上は意識すら持っていかれかねない。使用する魔術を解除した次の瞬間、口をぱかりと開き、凶悪な歯がミラの視界を満たした。
「(あっ……、死――)」
目を閉じ、死を悟った次の瞬間、ミラの横から僅かながら風が吹いた。
ザンッ!!と音が聞こえ、痛みも何もなかった。恐る恐る目を開けると、レッドウルフの胴体が真っ二つにされた死体がそこに存在していた。恐らく魔術、それを放った方向に視線を向ける。
そこにいたのは小さな身体でミーナを抱えて現れた深緑のローブを着た人間。見た感じ、子供にも見えなくもない大きさ。こんな場所に子供がいる訳がない。けど、今のレッドウルフの死体を見ると魔術を放っているように見えた。
「えっ、きゃあ!?」
ミラを見た瞬間、煙玉を地面に投げつける。視界を奪った一瞬で、深緑のローブの子供はザックとミラを抱えて風を追い風に空を飛ぶ。
「えっ、えええええっ!?ちょっ!?」
「黙って、舌、噛むよ…」
風を踏みしめるかのように更に空中を跳躍、四人を抱えて大した膂力、そして馬車よりも速く、まるで風の砲弾と化した四人は魔獣に囲まれた『奇怪の森』から離脱した。
★★★★★
此処は『奇怪の森』から外れた川辺。
そこに着地するや直ぐに深緑のローブを被った男の子は《運び屋》ザックの怪我を治していた。手持ちの薬を塗り、包帯でその部分を的確に巻いている。
「うぐっ……!?」
「我慢、して」
痛みに悶絶するザックの傷の部分に軽く触れる。
「第三階梯【キュアーライト】」
「!」
回復魔術を唱えるローブの子供。
出血した傷がみるみる塞がっていく。ミラは僅かながら驚いていた。
この世界には魔術に階梯が存在する。
第一階梯から第七階梯まで。第一階梯は生活に必要な程度の魔術。学べば誰でも覚えられる。第二階梯もそれの延長上だ。
だが、第三階梯から第五階梯は軍が使うような実戦向け。使う魔力も覚えるべき魔術公式も更に増えていく。
第六階梯からは《職業》の恩恵がなければ覚えることは出来ない。《魔術師》《魔導士》《魔法使い》と言った職業を持った存在でなければ使用出来ない。特例こそ存在はするが基本的には第三階梯の魔術さえ使える人間は珍しいのだ。
「派手に動かなければ、傷は開かない」
「…悪い、マジ助かった……俺、殆ど魔術は使えねぇし」
「これ、食べて」
差し出された燻製肉を受け取り、口に放り込む。味は悪くない、噛めば美味みが増す。
「んだコレ?おっ、案外イケるな」
「エル・バットの燻製肉。増血効果、あるから」
「って、何つーもん食わせてんだ!?ゲテモノ魔獣じゃねぇか!?」
「味は悪くない。生きたいなら、食べる」
ザックは苦虫を噛み潰したような顔でゲテモノ魔獣の燻製肉に齧り付く。血が足りていないのは分かっているし、護衛し切れなかった不甲斐さもあったのだろう。これ以上足を引っ張らないように回復に努める。
「えっと、助けてくれたありがとうございます。私はミラ、助けてくれたこちらの二人はザックとミーナ。貴方は一体……」
「……僕は」
ミラは彼に尋ねる。
風の魔術もそうだが、どうしてあんな場所に居たのか。敵でないにしろ、何者なのか分からない存在なのだ。少しばかり警戒している。そうして彼は口を開いた。
「……ルージュ。ルージュ・アルクレア」
これが、彼女と彼の
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