Blue Record《ブルー・レコード》

アステカ様

プロローグ


 この世界は理不尽にも、大事なものが零れ落ちてしまう。涙も、想いも、感情も、愛さえも消えていく。


 蒼は世界を終わらせた。 

 森が死に、土地が枯れ、国が滅び、世界は蒼に染まっていた。誰一人として生きていない世界で、蒼は泣いた。


 その悲痛な叫びを聞く者はおらず、憎しみを撒き散らした自分自身を呪いながら、世界が生まれ変わるまで、最後まで泣き叫んでいた。


 そして、世界は一度本当の意味でリセットされた。


 その記録を知る者は次の世界では誰一人として居ない。



 ★★★★★



「クソッ、よりにもよって二級クラスの魔獣かよ!飛ばせッ!!」


 此処はユースティア王国とヘカテ国までの街道。辺りは森に囲まれている。森には低ランクの魔獣こそ多く、襲われる心配はあるが、大抵は魔獣避けの結界が張られている。にも関わらず、魔獣避けの結界に自ら近づき、馬車を追いかけている。


「マジ速いんだが!?なあ騎士様、アイツら追っ払えねぇのか!?」

「馬車止めたら行けるかも知れませんが、そうなると囲まれます!此処らに魔力複数、感知が出来なかった個体が何体も追いかけてきて、止まればどうなるか分かりません!」


 《騎士》の職業を得た彼女、ミーナは近づいてきた魔力の大抵を感知する事が出来る。しかし、その感知を掻い潜り、街道の中間地点に魔獣が身を潜めていた。普通はそんな事はありえない。間違いなく異常事態ではあるがそれを今気にしている暇などない。


 追いかけてくるのは馬車くらいに大きな黒い蟷螂かまきりの魔獣、騎士団な遠征で討伐した時には見なかった。百戦錬磨とまではいかないが、それなりにミーナとして大成した彼女の勘がこのまま止まれば危険と頭の中で警鐘を鳴らしていた。

 此処には《運び屋》のザックと二頭の馬。《騎士》のミーナと、そして馬車に乗っている《聖女》のみ、街道の中間地点まで三時間はかかっている。このまま三時間保つ訳がない。馬は魔獣と違って疲れ知らずではない、どう足掻いても限度がある、


「ええいクソッたれ!じゃあ聖女サマは!?あの個体殺せないのか!?」

「無理言わないでください!聖女様はただでさえ昏睡しているんですよ!?これ以上は間違いなく死ぬ可能性だってあるんです!!」


 その《聖女》も今は昏睡中である。

 起きられなくはないが、ヘカテ国を救うために、大規模な神聖魔術を使い、魔力残量はゼロに近い。生命力すら代価に使える魔力を底上げしたせいで昏睡し、戦力になる程の力は今はない。


「おいヤベェぞ!?前!!」

「っっ!?」


 追われている状況でありながら、待ち構える黒蟷螂かまきりの魔獣、しかも数にして数十体、このままだと挟み撃ちだ。ミーナもこの状況は予測出来なかった。まさか魔獣が戦術を使い、追い詰めようとするなんて前代未聞だ。


「そのまま抜けてください!!」

「んな無茶な!?」

「突破口は開きますから!!聖女様をお願いします!!」


 そう言いミーナは馬車を降り、剣を抜く。剣が白銀色に光り輝き、待ち構える黒蟷螂かまきりの軍勢に向けて振りかぶる。

 銀色の輝きを纏う斬撃が蟷螂の包囲網に穴を開ける。馬車が通れる僅かながら道が開かれる。


「先に行きなさい!!」

「ちょっ、あークソッ!追いつけよ!俺戦闘力皆無だからな!!」


 馬車はミーナを置いて走り去っていく。戦力を分散するのは良くないが止まって対応する訳にもいかない。感知が出来ない以上、どれほど潜んでいるかも分からない。


「はああああっ!!」


 馬車を追う蟷螂かまきりを斬り殺し、すぐさまミーナは馬車を追おうとするが、道を塞ぐように蟷螂かまきりが《聖女》を乗せた馬車よりも、ミーナを狙い始めた。


「ぐっ、うううっ!?」


 近づくモノから一体ずつ斬り殺していくミーナだが、蟷螂かまきりの動きがまるで長きに渡り訓練された軍のようで、上手く攻めきれない。一体を殺せばその瞬間、別の蟷螂かまきりがカウンターのように攻撃してくる鎌が背中を、腰を、腕を斬りつけ、血が溢れている。


「(信じられない…!だが、この魔獣知性がある!)」


 まるで人間の頭脳を持ったかのような学習能力。だが、現実逃避してもそれは事実だ。でなければ追跡にカウンター、戦術なんて魔獣が使える筈がない。


「が、ああああああああああああああああああああああああっっ!!?」


 右腕を貫かれ、鎌をそのまま持ち上げられる。血が吹き出し、剣も落としてしまった。もはや騎士には後がない。先程のスキルも再使用には時間がかかる。


「ぐ、離っ、が、ああああああああああああああっ!?」


 今度は左脚を鎌で貫かれた。

 そのまま蟷螂は引っ張るように広げる。このままでは腕か脚か、どちらかが千切れる。鮮血が噴き出し、ドクドクと街道を血で汚していく。


「(最早、ここまで…か……!)」

 

 痛みで意識が途切れていく。

 このままでは魔獣の餌だ。痛みに苦しむくらいなら意識を飛ばして死ぬ事の方がいいのかもしれない。脚が千切れるような痛みに視界が暗転しかけた。

 

 その時だった。

 ヒュオオオオオッ、と風が音が聞こえた。次の瞬間、ミーナを貫いていた鎌が斬り落とされていて、地面に落ちる前に誰かの腕の中にいた。


「……大、丈夫?」


 誰かの声が聞こえた。

 意識が保てていない中で、聞こえたのは少し幼いような声で、自分を抱えた腕も小さな気がする。何処か頼りなさそうな子供の声が聞こえていた。

 

「すぐ…終わらせるから」

 

 街道に横たわせるようにそっと地面に寝かせようとしている。意識を完全に飛ばす前に気力を振り絞って、助けてくれた存在の腕を掴む。血が噴き出そうが、此処で死のうが、可能性があるなら縋りたかった。《騎士》として、見知らぬ他人に頼むのは恥ずべき行為かもしれない。それでもミーナは救いを求めた。

 

「頼む、聖女…様を…助けてくれ……!」


 それは自分ではなく《聖女》の為に。

 失われてしまえば全てが終わってしまう。世界だって壊れてしまう。この世界を現状を打開できるのは《聖女》のみだ。

  

 自分を救って感謝はしている。今は助けてくれなんて言えない。大事なあの人を救えなければ、死んでも死に切れない。


 血濡れた手で懇願する様に振り絞った言葉に、首を軽く縦に振るのが見えた。それに安堵したのか、ミーナの意識は完全に途切れていた。

 

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