共喰い

 魔人の奸計により、再度探偵社とまみえることになった。

 中也は鋼の託箋により、首領代理となり、前線の指揮を取る。私は共喰いの異能により臥す首領の護衛として傍に控える。

“人質として”乗り込んできた探偵社員は追い詰めたが、次には鏡花、音を聞き付け中也までも。

「やァ、中也」

「手前、病院じゃ無かったのか?」

 次に現れたのは、義息子となった裏切者。ということは───

「黙って入院しているのも退屈だからねェ。さっさと抜け出してきちゃった」

「馬鹿仰有い。穏便にいったこと、感謝してほしいわ」

 どこか困惑を帯びているも、凛とした声。群青の髪、瑠璃の瞳。直前まで太宰の看病をしていたのであろう。普段は燕脂の開襟ワンピースを着ているが、汚れを嫌煙してか、紺色を着ていた。

 相変わらず太宰の一歩半後ろに立ち、奴の言葉に耳を傾けながら、辺りを警戒している。

「矢張来たか。愛しき娘よ」

「成程な。俺たちを油断させるためってか」

 太宰と中也が邂逅する。今までのどの抗争とも異なり、敵として。卯羅と鏡花は太宰の後ろで静かに応戦の意思を示す。

「そして此処へは君と話をするために来た。今の君は森さんを守るためなら何だってする。あの汚濁だって使ってしまうだろう。そうなれば、マフィアも探偵社も、君も無傷では済まない」

「俺に諦めろってか?」

「そうだ。それが一番被害が少ない。申し訳ないが、森さんには死んでもらうよ。これが共喰いの結末だ、諦めてくれ」

「中也!」最悪の案を提示してきた元首領候補に、中也は殴りかかった。真っ先に反応したのは卯羅だった。異能を纏った証である花簪。手足に絡み付く植物。太宰と交戦している故に重力を使えぬ中也。だが一向に彼女は動かない。

 動いたのは中也の拳が太宰の顔を捉えた瞬間だった。

 愛娘の放つ殺意は、以前よりも酷く鋭いものになっていた。生垣の様に群れを成した低木が、太宰と中也を隔てる。それを裂いて前へ出た鏡花。もう私の知る二人では無いのだろうか。

「解ってもらえなかったか。まあ佳いさ、何れまた」

 窓を割り、逃走する探偵社。その背を追いかけるように構成員が一斉射撃を始める。

「止めよ!」嗚呼、どうしても棄てられぬ。「……鏡花と娘に中る」


 落下傘で地上に降り、鏡花ちゃんや谷崎くんと別れ、私は太宰と次の行動に出た。時折腹部の傷を気にする彼に、心が揺さぶられる。

「まだお休みになってらして」

「事は一刻を争う。休んでいる暇など無い」

「策を巡らすのは、床でも出来てよ?もう陽動は仕掛けたわ」

 先へ行こうとする彼の、折り曲げられた外套の袖口を掴んだ。

「今日の卯羅は心配性だねぇ」

「……貴方は何処に居れば平穏に生きられるの?闇でも陽でも、貴方は身を呈して事態の処理に当たる。どうすれば貴方が傷付かずに生きられる?」

「無理な話だよ。どうにも私には戦火が付きまとうらしい」

 初めての出会いもそうだった。準幹部の裏切りとして帰結した事件。彼の負う怪我が私を繋ぎ止めているのだろうか。「私は早く、君が一線を離れるようにしたいのだけれどね」

「どうして?」

「剰りにも苦しそうだから。探偵社とマフィアの間で一番揺れているのは卯羅だ。社長も森さんも見殺しには出来ない」

「母様もそう。私を支えてくれた人は誰も居なくなってほしくないの」

 裏社会で生きてきたとは思えない自分の発言が可笑しかった。後ろから彼に抱き付く。創部になるべく腕を中てないようにして。大きい背中に大好きな香り。ずっとこの背を追いかけてきた。

「この小さな手で、大切なものを取り零さないように生きようとする卯羅を、私は尊敬している。妻としてだけでなく、一人の人として」

 彼の指先の温度と、包帯の少し毛羽だった感触が手に触れる。

 暫く二人、そのまま。

「こう忙しいと恋しくなるのは昔からだね」

「あの執事殿のように、頭を弄って、私のことしか考えられないようにしてもらおうかしら」

「私は何時だって卯羅しか眼中に無いさ」

 手の甲に口付け。

 一匹の猫が見つめていた。

「あら、あの猫」何処かで見た三毛猫。ずっと昔、まだ森先生といた頃に、診療所近くで見た三毛猫に似ている。

「猫?わぁ、猫〜」

 煮干しを咥えた三毛猫と、包帯ぐるぐるの猫が遊んでる。

「何貰ったの?」

「煮干し」

 嬉しそうに煮干しに口付けなんかして。太宰の真剣な眼差しを見る限り、その煮干しがただの贈り物でない事は明らか。

「さあ卯羅。君が得意なことは?」

「暗殺、殺し、色仕掛け」

「口説き落としたい男がいる。この街を監視する、神の視点を持つ男」

「手土産は下村陶器店の紅茶杯で佳いかしら」

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