襯衣の日

 元町にある注文式オーダーメード襯衣屋さんから、襯衣の日に合わせた広告を頼まれた僕たち、探偵社員。国木田さんは「探偵が引き受ける仕事ではないだろう」と一蹴しようとしていたけれど、次から次へと起こる騒動で、周辺の皆さん、延いては商店街全体に迷惑を掛けていることは間違いない、という妙な空気感から引き受ける事となった。

 面子選びを───と社員総出で人気投票さながらの対決が繰り広げられた。首位は太宰さんと谷崎さん。主に其々、卯羅さんとナオミさんの複数回投票に依るもの。それが公になった瞬間、谷崎さんは辞退した。ナオミさんは「襯衣姿の兄様はナオミが独占します!」と嬉しそうだった。一方で卯羅さんは、順位なんて気にしていないのか、それとも太宰さんが首位に立つことは必然と云いたいのか、あまり気に留めていない様子だった。

 それから国木田さん、乱歩さん、僕───中島敦の三名が追加で選出された。

「広告なんて僕やったこと無いので、どうすれば佳いのか……」

 選ばれたものの、不安しかない僕は国木田さんにそのままの気持ちを吐露した。

「敦、太宰の真似でもしてろ。普段は女たらしの唐変木だが、故に自分の見せ方は知っている。つまり」

「『つまり、太宰の真似をしていれば、それなりに見える筈だ』国木田くん、ここは私の出番だと認めたということだね?」国木田さんが小声で僕に耳打ちしていた筈の言葉尻を拾い上げ、太宰さんが例え演劇だとしても、大仰だ!態とらしすぎる!と非難轟々を浴びそうな口回しと身振りで登場した。「いやぁ、女性を口説くには自分が如何に魅力的かを知っておく必要があるのは確かだ。現に、私の妻も普段はああも澄まして淑女然と振る舞っているが、家に戻り、夫婦の時間となると───」

 ふわり。花の香りがしたと思ったら、太宰さんがお腹を押さえながら二つ折りになってへたりこんでいた。

「貴方、少し肥った?撮影の日までに鍛え直しましょうね」

「はい……」

 矢張太宰さんは卯羅さんでないと扱えないんだな、と思いつつ、どう考えても夫を見る視線にしては冷徹すぎる眼をした卯羅さんに、僕も国木田さんも顔を引きつらせた。

 結局、何をどうすれば佳いのか解らないままに、撮影当日を迎えてしまった。

「なんか、緊張しますね」

「自然体にと思うから緊張し、ぎこちなくなってしまう。ならばぎこちなくあれと思えば自然体に振る舞える筈だ」

 ありがとうございます国木田さん。僕以上に緊張している国木田さんを見ていたら、落ち着きました。

「あれ、太宰さん指輪は?」

「それがねぇ、外せと云われてね。まあ、中心を飾る男が既婚者というのも面白くないだろうし。引き換えに、袖釦カフスボタンを指輪の鉱石を模した疑似鉱石ビジューにしてもらったよ」

 確かに太宰さんと卯羅さんが中指に付けている指輪にあしらわれた宝石と、同じ色の袖釦が付いていた。こうやって大きな寸法で見ると、卯羅さんの眼にも見えるような色だ。「因みになんという宝石なんですか?」

月長石ムーンストーンと云ってね、私の誕生石なのだよ。花言葉のように、石にも意味があるのだけど、幸運、恋の予感、というらしい」

 そこに指輪があるかのように、太宰さんは左の中指を触った。「月の女神アルテミスは、人間オリオンに恋をした。だが兄神アポロンの奸計で想い人を殺めてしまった。その女神が司るは母なる愛」

 太宰さんが眼を細目ながら、優しいような、寂しくも見える視線を送った先には、何も無かった。けれどきっと奥さんの事を思い浮かべているのだと思う。

「却説、思い切り見せびらかさないと!女神様の嫉妬ほど心地好いものは無いからね」

 猫のように後ろに背を伸ばしながら、太宰さんは何時もの笑顔を見せて、広報担当さんの元へ向かった。僕もそれに付いて行きながら、誰にこの姿を見せたいかを考えた。

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