仮装
仮装招宴を行う!と大張り切りの国木田さん。衣装も何もかも特注にするらしい。普段は、経費が経費が、と口酸っぱく云っているのに。
「治さん何着るの?」
「脱げば木乃伊男」
「やめて」
そうかぁ、とぼやいて熱心に端末を見ている。お仕事の邪魔してごめんなさい。珍しい事もあるのね。「今どの案件やってる?」
前言撤回。覗き込んだ画面には、よくそんなの見付けたわね、と云いたくなるお衣装。
「卯羅に似合うの何れかな~って探してたら、面白い噺を見付けてね?死神に魅入られた花嫁の話」
「何それ」
ふふ、と悪戯に笑いながら、声を低く、ひっそりと話し始めた。
「『今から数百年前、欧州の金持ちが、神の住む山に、それは立派な豪邸を建てた。そしてその山を掘り進め、一攫千金を狙った。ところがどっこい、その山は死神が住まう山だった。一族への呪いを怖れた金持ちは、一人娘を生け贄に差し出した。大変に美人な娘を死神は気に入り、喜んで娶った。だが無論、幸せは長くは続かない。傲った金持ちは、遠慮なく金鉱を掘り進めた。住処を荒らされ、怒った死神は辺り一体に死を蔓延させた』……どう?怖いだろう?」
「そのお噺で幸せに成るべきは誰?」
「花嫁だろうねぇ。いや住処を荒らされた死神か……これは哲学だね。そもそも、花嫁と死神にとっての幸せとはなんだろうね」もうお止めになって、と背を擦ると、笑いながら、そうだね。一言だけ。
「私は死を望んでるし、卯羅は私の花嫁さんだから、丁度善いと思わない?」
「治さんがそれ着たいなら」
「私は卯羅の花嫁衣装が見たい」
有無を云わさず。領収書代わりの電子手紙を印刷し、国木田さんに渡した。「なんだこの金額は」
「卯羅と私の。二人分。国木田くんだって、特注だろう?」
治さんには敵いません。
当日。
男性は社長室、女性は事務室でお着替え。
「お菓子も沢山作ったし、皆で楽しめますわね」
「それにしたって国木田の張り切り様だよ。あンだけ普段から経費、経費煩いのに、率先して衣装に拘ったからね」
「お陰で治さんが大張り切りで」
届いた礼服を大胆に裂いて、死神の花嫁さんの衣装を作っていた。ご本人は珍しく紫を差し色にした死神衣装。
人から幽霊へ変わると、笑顔の死神さん。
「いやあ、私の見立ては矢張素晴らしいね。襤褸具合が丁度好い」
花嫁さんが持つもの。何か足りないわね。そう、お花ね。でも瑞々しいのは嫌だわ。異能で黒椿を一輪。
「気取らない優美、卯羅によく合うね」
「よく憶えてますこと」
「憶えているさ。君の事なら何だって」
差し出された腕に手を添え。いつの間にそんな大鎌買ったの。
「えー、それでは、只今より武装探偵社仮装招宴を執り行う!開催にあたり───」
「長くなりそうだねぇ……」治さんは顎に手をやり、少し考えたと思ったら、息を吸い込んで「やい!早く酒を飲ませろー!美酒こそ我が身を潤す最上の供物なり。美女の注ぎたる神酒は渇いた喉を潤す!吸血鬼男爵に於かれてはその葡萄酒こそ極上であろう!」
それに続けて、他の、要はただ“無礼講”を待つ皆さんが、野次を飛ばす。それに混ざる与謝野先生。私は近くにあった焼き菓子をそっと味見。軽い口当たりで美味しい。こっちの小さな西洋菓子も……どうしよう、止まらなくなりそう。
「国木田!死神の花嫁にお菓子食べられちゃうから、早くして!」乱歩さん、そんなに大きな声で云わなくても。魔法使いの乱歩さんにせっつかれた国木田さんは、眼鏡の位置を正すと、「では、皆、硝子杯を───」
「かんぱーぁい!」
乱歩さん、我慢出来ませんでしたね。それに釣られて、皆も乾杯。私も治さんと硝子杯を合わせた。
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