華を散らし生きよとて

 私が聞いてた彼女とは少し異なる気がして。けれどそれは、心の奥深くに仕舞われていて。

 それでも、彼女に成れるなら、彼女を貫く芯に少しでも近付けたら。きっと私はあの人を護れる筈。


 私の入社祝いの場に、彼女は居なかった。あとで何処に行っていたのか、他の社員が訊くと「母に会いに」と云って、誤魔化していた。

 その母という人は、組織で私の面倒を看てくれた人だった。頻りに云っていた、闇の華というものに、彼女も含まれているのだと思う。

「卯羅、訊いても善い?」

「どうぞ」

 何時もみたいに、優しく、隣に座るよう促してくれた。彼女の奥に座っていたあの人は、終わったらね、とだけ云って、席を外した。

「予定あった?」

「ううん。お昼、外で食べないかって治さんがね。丁度、社長への報告もあったみたいだし、気にしないで」

 焼菓子食べる?と兎の形をした西洋菓子を引き出しから取り出して、一つくれた。

「悩める乙女は、何の相談かしら」

「貴女は此方へ来て、幸せ?」

 柔らかく微笑んで、そうね、と少し目を伏せて考えた。「治さんと居られれば幸せ」

「つまり───」

「治さんと居られれば、私はマフィアでも善かったの」

「どうして?」

「太宰を守る為に、何人殺したか解らない。彼の世話をし、盾となる、そういう教育をされて生きてきた私に、光だのなんだの求める資格はないわ」楽しそうに云う。「私ね、人を殺める事に抵抗無いの」

 それは本心だろうと直感した。

 私と違って、異能を嫌わない。異能力を自分だと肯定している。

「鏡花ちゃんはそうなっては駄目。貴女は元々、陽の光に育てられていたのだから」

「でも、夜叉は私の両親を殺して……」

「異能力の話じゃないわ。鏡花ちゃんの御両親よ。きっと愛されて、大切に育てられた。私達は境遇こそ同じかもしれない。けれど、本質は違う」

 彼女の目が、組織でよく見かける目の色に変わった。瑠璃の目が、深い深い、夜の海に変わった。

「私が異能で最初に殺したのは自分自身。でも加減を誤って、生き残ってしまった。亡くなったのは、それ以前の記憶だけ」

 だからこの人は、組織幹部を母として疑わない。始めから、そう刷り込まれているから。

「解るでしょ?私が本来、何処に居るべきか。芥川くんの手代に云われたの。治さんに流れている血は、どす黒いマフィアの血だって。思わず笑ったわよ。その血を分け与えられ、身体の奥深くまで刷り込まれた女が私」

「卯羅は」違う。彼女は、私に、私が成りたい姿で。私は彼女みたいに、異能を誰かの助けにしたくて。そして、自分の護りたいと思うものを、護りたくて。

「私は闇の華。闇に咲く華は、闇にしか憩えない」そう云って、口許を歪ませる様に、笑顔を作った。と思ったら、直ぐに口角が和らいだ。

「というのは冗談で、私は幸せよ。愛しい人と一緒に居られて、毎日彼の愛を感じて。だから鏡花ちゃんも、自分の幸せの為に、頑張りなさい」

 いつもの優しい笑顔だった。目も、朝日を受ける海面の様に、光を得ていた。

 社長室から戻ってきたあの人を見るなり、嬉しそうに名前を呼ぶ。

「鏡花ちゃん、お姉さんの話は、少しは役に立ちそうかい?」

 内情を知らなければ、本当に優しくて、理想の夫婦。旦那さんの方は不思議な人だけど、この人の言葉が背中を押してくれたのは事実。

 異能力者連続自殺事件を解決した折り、この夫婦の窒息しそうな愛を目の当たりにした。普段とは異なる、染み渡る血液を模様にした、純白の服を纏う卯羅を抱き上げながら、静かに涙を流していた。それから、童話のお姫様を目覚めさせるように、口付けを繰り返した。治療された彼女が目を覚ますまでずっと付き添い、誰が何と云おうと、決してその場を離れる事はなかった。

 あの時、初めてあの人の人間らしい部分を見たと思う。

「鏡花ちゃん、そんなに私を見つめても、何も出ないよ?そう、今の私にあるのは、卯羅への愛だけ!愛しい妻への純なる愛情だけなのだ!」

「治さん、今度は何処の娘を軟派したの?」

「人聞きの悪い!少し声を掛け───ごめんなさい」

 異能は効かない筈なのに。怒った卯羅が、掌に華を咲かせると、直ぐに謝った。

「今日は治さんの奢りね」

「じゃあ鏡花ちゃん!国木田くんに、仏蘭西料理の会席料理を楽しんでくるから、って伝えておいてくれるかい?」

 勢いに圧されて、頷いた。

 ぱたん、と閉まる社の玄関を見送り、少しだけぼんやりとする。

「鏡花ちゃん、卯羅さんと何のお話してたの?」

「秘密」


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