報告書
探偵社に入職してから、短期間で色々ありすぎた。マフィアに黒蜥蜴、乱歩さんの推理現場に付いて行ったり。
国木田さんに報告書を出せ、と云われていたのを思い出して、仕事机の上に置かれた端末を立ち上げた。……待てよ?僕、そういうの作ったことも無い。誰かに教わらなきゃ。
「あの、太宰さん」隣に座る先輩に声を掛けた。「報告書って、どう作るのですか?」
「報告書?嗚呼、報告書ね。報告書というのはね、敦くん、言葉で云うのは明朗快活、蓋を開けてみると、それはもう魑魅魍魎、この世の終わりだよ」
そんなに大変なのか……心してかからなくては、と気合を入れた。
「またお前はこいつで遊んでいるのか。小僧、太宰の云うことは本気にするな。常に疑ってかかれ」
「はあ……」
矢っ張りこの二人が組んでる理由がよく解らない。凸凹というより、凸凸のような気がする。
「そういえば太宰、最近アイツはどうなんだ」
「ん?ちゃんとやってるよ。帰ると居るし」
「何故報告書が上がらない」
「私に報告しているから」
太宰さんはそれはもう満面の笑みで答える。まだ僕が会っていない社員さんなんだろうか。国木田さんが溜息を吐いて、僕を見た。「支度をしろ。今から出る」
「何処へ行くんですか?」
「お前がまだ会っていない社員がいる。会わせるついでに、集めた情報を報告させる」
「強引だなぁ、国木田くんは。敦くん、この手紙をその人に渡してほしい」
なんだろうと思って、二つに折り畳まれた紙を開いた。お花の名前が三つ。
「山茶花、宿木、片喰……なんですか?」
「所謂、ラヴ・レターだよ」
太宰さんが女性を口説く趣味が有るのは、この間の事件とか、その前の件で解ったけど、真逆同じ職場の人まで口説くなんて。与謝野さんとか口説かれなかったのかなあ。
国木田さんと向かったのは、或る病院だった。此処の病棟にその人は派遣されているという。
なんだか雰囲気が孤児院に似ていて──きっと消毒剤の臭いだと思うけど──少し嫌だった。
「もしかして、太宰さんがよく入院しているとか?」
「あいつの生命力を舐めるな。きっと撃たれてもケロッとしてるぞ」
いたた……と云いながら、撃たれた所を擦って起き上がる太宰さんが容易に想像できた。
「あら、主人に何か御用?」
「い、いえ!何も僕たちはそんな!……え、主人?」
振り返って、声を掛けてきた女性を見ると、瑠璃色の眼を少し細めながら笑っていた。
「尾崎、報告はどうした」
「治さんに報告してますよ?」
「お前なぁ……」
国木田さんが額に手を当てて、天を仰いだ。
「あの、太宰さんからこのお手紙を預かったんですが……」
このままだと国木田さんが、この女性にあらゆる文句を云い始めて、話が進まなそう。僕は太宰さんから預かった手紙を差し出した。彼女は受け取って、単語の意味を理解したのか、クスッと笑った。
「じゃあ、貴方が中島敦くんね」
「はい!探偵社で下働きをしてます」
「宜しくね。話は治さんから聞いてる」
「治さん……太宰さんの事ですか?」
するとその人はとても楽しそうに笑った。薬指の指輪が、光を受けて光った。
「尾崎、ちゃんと説明してやれ。全くお前ら夫婦は」
「ふ……?」
国木田さんが何と云ったか、あまり理解が出来なかった。夫婦?太宰さんとこの女性が?
僕の脳裏には「メンマは割り箸で出来てるのだよ」「敦くんご覧よ!これが黄泉の国だあ!」などと叫び目の焦点の合っていない太宰さんが、沸いては消え、沸いては消えを繰り返す。
一方目の前の女性は、クスクス笑っているものの、品があって、とても太宰さんの奥さんには思えない。
「太宰卯羅と申します。主人が早々に御迷惑を」
「い、いえ!そんな……太宰さんと会えなかったら、僕は今頃、野垂れ死んでましたから……」
それから僕たちは、病棟の会議室を借りて、仕事の話を始めた。
「尾崎、調べは着いたのか」
「ええ勿論。これ、国木田さんにはこの書式が善いと思って」
厚い紙の束。仕事ぶりも太宰さんと真逆だ。
「そういえば、敦くん、前職中て遊戯はした?」
「ええ。太宰さんのは全く解りませんでしたが……」
「そうね、想像付かないもの。今のあの人からは」
瑠璃色の眼がふと濁った。まるで横濱の海みたいに黒く。どうしたのだろうと顔を覗くと、視線に気付いたのか、僕を見て、微笑んだ。入ってはならない領域、そう判断した。
「俺は此れを社長に渡す。小僧、尾崎と少し院内を見て回れ」
「蜥蜴さんの尻尾探し?太宰はこの件を何と?」
「お前に任せると」
畏まりました、とにっこり。僕の手を引いて、席を立った。
「卯羅さんは、何故探偵社に?」
「治さんと一緒に。或る人に世話してもらってね。異能力が生きる職場ってなかなか無くて、それで」
この人も異能力者なんだ。国木田さんの言葉の通り、院内を歩きながら、卯羅さんの話を聞く。この人の前職は何だろう。あまり働いていたという感じがない。お嬢様のような雰囲気。憂いを含んだ眼や髪の所為だろうか。
「そう云えば僕、肝心な事を……」
「私が何で此処に潜ってるかって事?それはね」
僕が気付くなんかよりも早く、卯羅さんは後ろから来た男に──
「能力名『道化の花』」──触れて花を咲かせた。男はそのまま仰け反り、気を失った。卯羅さんはその男に近付き、屈んだ。
「母様に伝えて。『私、幸せだよ』って。だからもう、追いかけて来ないで?」
誰なんだろう。昔の知り合いだろうか。
「ごめんなさいね。もう終わり。さあ、帰りましょう」
探偵社へ戻る道を行きながら、そっと卯羅さんの横顔を見た。それは何処か太宰さんに似ていた。
『この件で私は嘘は吐かないよ』
そう云いながら、何かを隠した時の顔だ。何も訊けなくて、ただ隣を歩いた。
探偵社に戻ると、卯羅さんは直ぐに太宰さんの所へ向かい、言葉の通り、懐へ飛び込んだ。
「お帰り。矢張り君が隣に居ないと違和感だ」
「思ったよりも時間が掛かっちゃった。ごめんなさい」
お家で会ってた、んだよね?なのに凄く嬉しそう。仲睦まじいんだなあ。
「そうだ、敦くんに報告書の作り方を教えてやってくれ」
「勿論。治さんの大切な部下だもの」
二人が居れば、僕は人として、異能力者として、成長できるだろうか。
此処に居て善いと、云ってもらえるだろうか。
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