短編(22歳~)

ちくわ書房

子兎さん

 ある日、僕たちは、横濱をもっと盛り上げるための企画を持ち込まれた。動物をモチーフにしたキャラクターとの交流企画だ。

 僕は林檎を五つ重ねた大きさの白い猫さん。太宰さんは赤い頭巾の兎さん。

「太宰さんが兎だなんて、珍しいですね」

「まあ、これには横濱港の海よりも深い理由があるのだよ」

「深い理由、ですか?」

 昔ね、と太宰さんは、卯羅さんとの思い出を話し始めた。


 あれはまだマフィアに入って間もない頃だった。卯羅は姐さんの娘として、それはもう奔放というか、今以上に幼かったし、姐さんも卯羅を甘やかしに甘やかしていた。

「太宰くん見てみて!」

「何それ」

「兎さんの赤頭巾ちゃん!」

 片耳にリボンのついた兎の赤頭巾。髪の色と相俟って少しチカチカする。それを被って楽しそうに笑っている。

「母様がね『卯羅は兎のように愛らしいから被ってろ』って」

「あー……そう」

 その兎頭巾は四週間程続いた。つまり、その四週間は、拠点の至る所に愛らしい兎頭巾が居たわけだ。

 嗚呼、初めて中也を殺そうと思った時かい?兎頭巾ちゃんを「目障りだ」と、ぶん殴った時だよ。まあその後、姐さんにこってりと絞られていたよ。家系拉麺よりもこってり。

「兎頭巾ちゃんだからお花咲かせたの!」

「うん。あのね、そのお花が危ないって知っているだろうに」

 そんな日々が続いた訳だ。半月ぐらい過ぎれば大概の人は慣れる。兎が花を撒き散らしながら歩こうが、兎跳びしてようが、気にならなくなる。

 でもこの人は違った。

「あっ太宰くん!母様に呼ばれてるから後でね!」

「はいはい」

 すれ違い様に声を掛けてきた卯羅に、適当に返事をした。

「今、可愛い兎ちゃんが駆けて行ったねえ」

 花畑で子兎でも見たのだろうか。それぐらい呑気な声で云い放った男。「首領?」そうだ。森さんだ。

「ん?だって今、可愛い兎ちゃんが───」

「首領、あれ卯羅だよ」

「えっ卯羅ちゃん?!待って!私凄く用事がある!」

 首領に廊下を走らせたのは多分、エリス嬢と卯羅ぐらいだろう。

 えっ、襲撃の時かい?勿論脱がなかったよ。汚れるから脱げば?と催促しても脱がなかった。それでも戦果が落ちないのだから、素晴らしいよね。

「また手が滑ったのかい?」

「だってね、だってね。子兎ちゃんはね、難しいこと解んないの」

 これが、お菓子の食べ過ぎとかならば可愛いのだろう。困ったように眉を寄せて、少し潤んだ目で私を見る。只し、手元には獲物の心臓を止めたばかりの、血塗れた短刀が光っている。

「そうだね。子兎ちゃんだものね」そう云って戦果を褒めてやった。

 挙げ句。

「太宰くんも被って!」

 無理矢理被された。そのまま二人並んで、襲撃に赴く。

「私も子兎だからよく解らなぁい!!」

 そりゃあ、自棄糞になるよね。


「そういう事があった訳だ」

「はあ……」

 可愛い理由なのかと思ったら、予想以上に血生臭いような話だった。

「でもその時の卯羅は大変愛らしかった」

「善かったですね……」

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